BOOKSルーエのおすすめ本 画像
 ありふれた魔法
著者
盛田隆二/著
出版社
光文社
定価
税込価格 
第一刷発行
2006/09
e−honでご注文
ISBN 4-334-92517-0

 ★ 会員登録はこちら(1500円以上で宅配送料無料)⇒
 
人生の予定が狂うほどの恋など するつもりはなかった
 

本の要約

秋野智之44歳、城南銀行五反田支店次長、妻と3人の子あり。
ある日入社して5年目の部下、森村茜が担当する大事な顧客を怒らせてしまい、謝罪するために彼女とともに先方を訪ねた。顧客はかえって上機嫌で、酒の席に付き合った挙句にやっと帰してもらえたのだが、その帰りみち、安堵したのと仕事の重圧で茜は泣き出してしまう。
「むなしいです。なぜそこまでして気に入られなければならないのか」
普段は男性社員に気軽に飯も誘えないなどといわれている茜のひどく切ない表情に、智之は突然彼女をそっと抱きしめてあげたくなった。
もっと若くて、きらきらと輝いていた、あのころの自分だったら、目の前で無防備に泣いているこの子をきっと好きになってしまっただろう。
スピッツの曲を教えられるなどしてかつてないときめきを感じる智之。この気持ちの行方は。
リアリズムの名手が、理性では抗えない人間・人生の不可思議を描く。


盛田先生の本のご紹介

オススメな本 内容抜粋

まもなく午後五時半になる。秋野智之は壁の時計に目をやり、小さくため息をついた。
水曜日は週一度の早帰りの日で、六時半までしか支店に残ることができない決まりになってい
る。だが、そんな早い時刻に業務が終わるはずもなく、若手の行員のほとんどが近場のファミレ
スに移動して仕事を続け、管理職は自宅に仕事を持ち帰る。
もちろん次長の智之も例外ではなかった。一日中接客に追われて案件処理に手間取り、明朝、
支店長に提出する書類の作成にようやくとりかかったばかりだった。
本部の承認をとらなければならない融資案件については稟議書の作成が必要になるが、今回の
「新洋システム」の案件は支店長の専決枠なので、より簡便な回議書ですむ。だが、智之にとっ
てはそれが逆にやっかいなことだった。
ベンチャー企業への融資に対して、支店長の三田園は非常にきびしい判断を下す。とりわけ追
加融資に関しては差し戻されるケースが多い。さらに面倒なことに前支店長と異なり、三田園は
口頭での補足説明を嫌う。それなりのデータに裏打ちされた回議書を書き上げるには、少なくと
も二時間はかかるだろう。やはり持ち帰りになるが、いたしかたない。
智之はメガネのレンズをクロスでぬぐい、ふたたびパソコンに向かった。
「次長、お忙しいところ申しわけございません。折り入ってご相談が……」
渉外課の森村茜がデスクの前で深々と頭を下げた。
智之はパソコンのモニターから顔を上げ、「うん?」と首をかしげた。
茜は大卒の女性総合職として法人営業を三年経験し、この五反田支店に異動してきてちょうど
一年になる。どんなに忙しくても弱音を吐かず、てきぱきと仕事をこなす彼女は、色白できりっ
としたその顔立ちとショートカットの髪形も手伝って、少しよそよそしく感じられるほどクール
な印象を与えるが、その茜がいまにも泣きだしそうな顔をしている。
「なんだ、どうした」
智之は接客用のソファに移動し、彼女と向かいあった。
「五十嵐興産の社長さまの件なんですが」
「ああ、あのビル会社の」
智之はうなずき、一膝乗りだした。五十嵐は品川と大崎に大型ビルを五棟所有するオーナー社
長で、茜は担当についたばかりだった。
「わたしの不注意により、先方は大変お怒りのご様子で、これから謝罪に伺わなければならない
んですが、あの、五十嵐さまの言葉をお伝えしますと……」
茜はそこでちょっと口ごもった。
「いいよ、そのまま言って」
「はい。いったいどんな社員教育をしているんだ、城南銀行は。電話でいきなりそう言われまし
た。だいたい世間常識ってものがない。一度あんたの上司の顔も見てみたいが、まあ、その必要
もないだろう。もうおたくとはつきあう気もなくなった」
「ちょっと待った。たしかヘッジファンドについての相談だったね」
「はい、評価損が拡大している株式投資の大半を投資信託に切りかえて、ヘッジファンドなどの
アイテムを組み入れたいというお話でしたので、ポートフォリオの構築に関する提案書を作らせ
ていただき、参考になる商品スキームもそえて訪問する予定でした。でも、それが突然、キャン
セルになって……」
連絡は平日の昼ごろ会社に、と指定があったので、この一週間、毎日二回ずつ電話を入れつづ
けたが、五十嵐はいつも不在だった、と茜は言った。
電話を取り次ぐ秘書も、五十嵐の行動を十分には把握していないようで、昨日二度目の電話を
入れたとき、秘書は同情したのか、今日は自宅にいるはずだと教えてくれたという。そこでさっ
そく自宅に電話を入れたが、五十嵐は家にもいなかった。
「お約束でしょうか」
五十嵐の妻に訊かれて、「ご自宅にいらっしゃると秘書の方から伺ったものですから、ごあい
さつさせていただくお時間のことで、ご連絡させていただきました」と茜が答えると、「分かり
ました、そのように伝えます」と落ち着いた声が返ってきた。
今日、会社に電話を入れ、やっと本人につながった。


(本文P. 5〜7より引用)

 

▼この本の感想はこちらへどうぞ。 <BLANKでご覧になれます



e−honでご注文
BOOKSルーエ TOPへリンク
 ★ 会員登録はこちら(1500円以上で宅配送料無料)⇒


このページの画像、引用は出版社、または著者のご了解を得ています.

当サイトが引用している著作物に対する著作権は、その製(創)作者・出版社に帰属します。
無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。

Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved.