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 ラスト・ワルツ
著者
盛田 隆二
出版社
角川書店
定価
税込価格 460円
第一刷発行
2005/03
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ISBN4-04-374303-3
 
『夜の果てまで』『サウダージ』に続く、恋愛三部作の傑作!
 
ラスト・ワルツ

本の要約

十二年前。十八歳で上京したぼくは、十歳年上の花菜子さんと出会った。三つになる息子と二人住まいの彼女と、ぼくは少しのあいだだけ一緒に暮らしていた。そんなある晩、花菜子さんは犬の首輪をつけて帰ってきた。それはある男と他人のままつながっている証だった。そして十二年ぶりの再会。ぼくと、花菜子さんは、他人のままつながることができるのか。
人を愛することの苦しみと悲しみを描いた、恋愛小説の傑作!
解説・池上冬樹

盛田隆二 盛田隆二
(もりたりゅうじ)

1954年東京生まれ。’85年「夜よりも長い夢」で、「早稲田文学」新人賞入選。
「ぴあ」の編集者を経て、’96年より作家専業。恋愛小説を中心に男女の切ない思いを描き、リアリズムの名手として評価は高い。
批評家の絶賛を受けた『湾岸ラプソディ』(角川書店より文庫化に際し、『夜の果てまで』と改題)はベストセラーに。
近著に『散る。アウト』(毎日新聞社)など。

盛田隆二アーカイヴス(オフィシャルHP)

弊社BOOKSルーエの2004年度 文庫売り上げ1位 『 夜の果てまで 』に続く 恋愛三部作のご発表を記念いたしまして、盛田先生の著書を1Fで展開いたします。
盛田先生の文学を堪能してください!    BOOKSルーエへのアクセス
 03/25〜04/15 (入荷次第の展開 )
 

盛田先生ありがとうございます。
 

このご好意にお応えできるよう、今年も『ラスト ワルツ』で文庫1位を目指します!


1Fで『盛田先生 フェア』を行うとき一緒に展示させていただきます。

 ⇒ 弊社BOOKSルーエの販売の様子

 

 



オススメな本 内容抜粋

第一章1985年

妻と二歳になる娘はひとつのベッドで眠っている。
午前二時半、ぼくはいま帰ってきたばかりだ。
ひどく疲れている。そして混乱している。とても眠れそうにない。グラスにウィスキーをそそぎ、台所のテーブルに向かう。
ウィスキーをひと口飲み、目を閉じる。
新宿のバーで花菜子さんと会った。
十二年ぶりの再会だった。
目のふちが熱くなり、しばらく声も出なかった。
高揚、逡巡、気後れ、そして苛立たしいほどの虚脱感……。
言葉ではとても言い表せない。
長いこと離れて暮らしていた母と子が夜の新宿で偶然再会したみたいだった。
先に気づいたのはぽくのほうだった。
花菜子さんは若い男とふたりでいた。ぽくはカウンターの隅の席から、じっとふたりを眺めた。
男は二十代の前半にしか見えない。
ぼくは大ぎく息を吸いこみ、そっと吐きだした。
そしてあれから十二年もたつのだ、と思った。
「十二年」と口に出して言ってみた。
それだけたてば時代も変わるし、人も変わる。
十八だったぼくも、今年で三十になる。
二十八だった花菜子さんは四十だ。
そう、信じられないことだが、彼女は四十になる。
色白の小さい顔、色素の薄い瞳、額の中央で左右に分けたストレートの長い髪。
それらは十二年前と変わっていない。
だが、目尻や額や首筋には十二年という年月の長さが無残なほどはっぎりと刻まれている。
男がズブロッカのソーダ割りを注文した。
なんでそんなクソみたいなものを飲むんだ?
にわかに腹が立った。男がなにか冗談を言い、花菜子さんが顔をのけぞらせて笑った。
やわらかそうなサーモンピンクのジャケット、短めのプリーツスカート。
とても清潔で、しかも華やいでいる。
だが、十二年前の彼女はけっしてそんな恰好をしなかった。
花菜子さんが笑いながら、こちらに顔を向けた。
そしてなにか不思議なものでも見るように、ぼんやりとぼくを見た。
ぼくは笑いかけようとして失敗した。
花菜子さんは若い男の耳元でひとことふたことささやいた。
男は少し怒ったような顔になり、ズブロッカのソーダ割りを飲み干すと、バーを出ていった。
花菜子さんがゆっくりと近づいてぎた。
「ひさしぶり」と彼女は言った。
「ひさしぶり」とぼくも言った。
それ以上言葉が出てこなかった。ぽくはウィスキーグラスに目を落とし、彼女もしばらく黙ってぽくの手元を見ていた。
「歩こうか」と花菜子さんが言った。
ぼくはうなずき、止まり木から下りた。
四月に入ったばかりで、新宿の夜はまだ肌寒かった。
花菜子さんはとぎおり立ち止まり、深呼吸をして、また歩きはじめた。
十二年前のことを話したかったが、それは物語のように遠かった。
すべてが十二年前に見た夢のなかの出来事のように思われた。
ぽくらは押し黙ったまま歩ぎつづけた。
小さな公園に入り、ベンチに腰かけた。
「なにしてるの、いま」と花菜子さんが言った。
「情報誌の編集」
「あなたがね?」
花菜子さんは感心したように何度もうなずいた。
「うん、ぼくみたいな田舎者がね……。東京に出てきて、もう十二年になる」
「大きくなったよね」
月の上を薄い雲がゆっくりと流れていった。
「花菜子さんは変わらない」
「お世辞まで言えるようになって」
ぼくは花菜子さんの手首をつかみ、向かいのビルを見上げた。
紫色のネオンサインがホテルの名と宿泊料金を交互に表示している。
花菜子さんはぽくの腰に手をまわし、小さく息をついた。
ぼくは空になったウィスキーグラスをくるくる回しながら、花菜子さんと暮らした十二年前に思いを馳せている。
それは三週問にも満たない日々だ。
だが、けっして忘れられない。
彼女が首に犬の首輪をつけて帰ってきた夜。
できることなら外してくれないか、とぽくは懇願したが、彼女はきっぽりとその申し出を退けた。
痛みに耐えることがそんなに大切なのと、ぽくは訊いた。
「ずっとあとになって、あなたのことを思い出すときにね」と彼女は笑いながら答えた。
「首輪のこともいっしょに思い出して、なつかしむことになるのよ」
グラスにウィスキーをそそぐ。記憶の暗がりに沈みこんでいた十二年前の日々がよみがえる。
それらの日々が次々と、信じられないほどはっぎりとよみがえってくる。
テーブルに片肘をつき、ウィスキーを飲みつづける。
いくらつぎたしてもグラスはすぐに空になる。
となりの部屋から妻と娘の規則正しい寝息が聞こえる。
いつのまにか窓の外が明るくなっている。
ぼくは服を脱ぎ、ベッドにもぐりこむ。
妻が寝返りを打ち、こちらに顔を向けた。
どんな表情をしているのかよくわからない。
「ごめん、遅くなった」とぼくは小声で言い、目を閉じる。
だが、眠りがなかなか固まらない。
まぶたの裏に花菜子さんの裸体が浮かびあがる。
十二年ぶりに再会した男と女が服を脱ぐのももどかしく、ホテルの一室で抱ぎあう。
女の身体は十二年前に比べてやわらかく、そして温かい。
少し痩せたのだろうか、腕のなかにすっぽりとおさまる。
震える手で相手の服を脱がせ、ベッドに倒れこむ。
押し黙ったまま、たがいの身体を叩き、ひっぱり、こすり、噛む。
言葉をかわす余裕もない。
下腹が触れあうたびに汗がぴちゃぴちゃと音を立てる。
だが、腰を動かしながら、髪をかきむしりながら、やがて言いようのない虚脱感に打ちのめされる。
「あなたが物欲しそうな顔をしてたからよ」
「そういう意味で訊いたんじゃないんだ。気づいたらこうなっていた」
「わたしだってそう」
「よくわからない」

 

(本文P. 7〜11より引用)



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