ミシン
 
 
  この小説は、私を泣かせた。 ”乙女のカリスマ”が懸命につむいだ魂の恋物語。  
著者
嶽本野ばら
出版社
小学館
定価
本体価格 1000円+税
ISBN4−09−386062−9

世界の終わりという名の雑貨店

ねえ、君。雪が降っていますよ。世界の終わりから出発した僕達は、一体、何処に向かおうとしていたのでしょうね。今でも全身をVibienne Westwoodで固めた君の申し訳なさそうな、少しおどおどとした姿を、僕はくっきりと想い描くことが出来ます。何者とも交わらぬ孤高の意思を黒水晶のよな瞳の奥に棲まわせているというのに、君はいつも世界に対して卑屈であり続けていました。いっそ、君は世界を恨めばよかったのです。君を傷つけ、笑う者達を呪えばよかったのです。そうすれば少しは、君の居場所をこの世界の中に作れたかもしれないのです。しかし君は、声高に叫ぶことも、執念深く愚痴ることもせず、静かに壊れていってしまいました。鳴呼、僕は君の魂の健全さを嘆かずにはおられません。常識という名の病んだ魂は、厚顔無恥、ずうずうしく即物的な要求だけを掲げ、ヒステリックに今もこの世界を闊歩しています。君は諦念と共に暮らしていました。

しかし、君がそれ程までに追い詰められ、苦痛を味わう必要があったのでしょうか。僕と一緒にいる時、君はびくびくとしながらも、とても晴れやかな笑顔を見せてくれましたね。僕は何故、もっと君の傍にいようとしなかったのでしょう。僕は何処で、間違ってしまったのでしょう。どうして人は、本当に大切なことを喪失の後にしか気付けないのでしょう。「世界の終わり」という名の雑貨店を始めたのは、ビルのオーナーが無料で部屋を使ってもよい、そのかわりその部屋で何か商売をやりなさいと持ちかけてきたことに起因いたします。僕は雑貨店となるその六畳程の部屋を、約四年間、事務所として使用しておりまし た。

学生時代からアルバイトのつもりで始めたライター業を、大学を卒業してからも続けることになり、僕はその時点で、京都は四条富小路を下がった路地に面した四階建ての雑居ビルの一室を事務所として借りることにいたしました。保証金や家賃が破格に安かったそのビルは、戦前に建てられ、どの部屋も陽があたらず、下手すれば廃嘘と見紛うような外観、及び内装でありました。ライターの仕事などというものは、電話とファックスとワープロと辞書と若干の書物があれば、後は何もいりません。

僕は必要最低限のものだけを揃え、地味に仕事を一人、そのビルの四階の角部屋でこなしていました。僕の請け負う仕事の内容というのは、主に情報誌の特集記事でした。編集部から新進デザイナーズブランドのオンリーショップを京阪神で二十軒紹介したいといわれれば取材し、原稿を書き、行列覚悟のお好み焼き屋さんを三十六軒紹介したいといわれればリサーチし、お店に行き、記事を書くということで、僕は日々の暮らしをたてておりました。しかし、或る日、自分のそんな仕事がとても馬鹿らしく、不毛なものに思えてしまったのです。元々、アルバイトとして始めた仕事、辞めることに悔いはありませんでした。まあ、一応、それでも一週、僕はライター業を廃業しようと決意し、それならもう事務所もいらないから出ていく旨を伝えねばと、ビルのオーナーのところに出向いたのでした。

七十を越したくらいだと思われる、千鳥格子のハリス・ツイードの仕立てのよい細身のジャケットを羽織った白髪頭のオーナーは、僕が部屋を出たいというと、「う一ん」と大きく一回唸り、腕組みをしたまま眼を閉じました。そして、眼を開いたかと思うとこうい いだしたのです。「君は幾つになる?」「今年、二十七歳です」「君は、出版社をやっていたんだったね」「いえ、出版社から依頼を受けて文章を書く仕事をやっていたのです」「儲からなかったのかね」「一人で食べていくには充分な収入があり、将来の見通しも悪くはありませんでした」「それなら、何故?」「嫌になったのです。自分の仕事が」「誰にもそんな時期はあるさ」「嫌になったのには、訳があります。或る雑誌から仕事の依頼を受けたのです。その雑誌は雰囲気よりもデータを重視して原稿を書かせることを方針としていました。つまり、”頬っぺたが落ちる程美味しいみたらし団子”という主観的な表現はいらない。

本文P.7〜8より

 

 

 

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ISBN4−09−386062−9
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