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SOSの猿

 
伊坂幸太郎/著  出版社:中央公論新社 定価(税込): 1,575円 
第一刷発行:2009年11月 ISBN:978-4-12-004080-1  
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男が従姉から依頼されたのは、なんと引きこもりの甥の悪魔払い。困惑する男だが……。読売新聞連載時から反響を呼んだ最新長編。
 
SOSの猿 伊坂幸太郎/著

本の要約

ひきこもり青年の「悪魔祓い」を頼まれた男と、一瞬にして三〇〇億円の損失を出した株誤発注事故の原因を調査する男。そして、斉天大聖・孫悟空―救いの物語をつくるのは、彼ら。

伊坂 幸太郎 (イサカ コウタロウ) 
1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒。2000年『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、デビュー。04年に『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞を、短編「死神の精度」で日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。08年には『ゴールデンスランバー』で本屋大賞、山本周五郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


オススメな本 内容抜粋

私の話

辺見のお姉さんは、私よりも一回り年上で、子供の頃には憧れの異性の代表だった。その辺見のお
姉さんが四十代後半の年齢になり、目の前に現われ、「四十は不惑って言うけど、惑ってばっかりだ
よね」と陳腐なことを口にした。が、それは、それほど不愉快なことではなかった。
「四十で惑わず、というのは、孔子の場合らしいですよ」一応、言い返した。「僕たちみたいな普通
の人は、その五割増しくらいに考えて、六十歳で不惑、って思ってたほうがいい、ってそう教わりま
せんでした?」
「そんなの学校で教わるんだっけ」彼女が首を傾げる。顎周りについた肉が少し膨らむのを見て、胸
が痛む。私が子供の頃にうっとりした、あの、清潔感を漂わせていた美しい首筋はどこへ姿を消した
のだろう。

「辺見のおばさんに教わったんだけど」
「うちのお母さん?」
「ちょっと前、実家に帰った時、辺見のおばさんがうちに来てて、お袋と喋ってたんですよ」還暦
過ぎの白髪頭の女が二人でダイニングテーブルに座り、お茶を飲みながら、「あれは孔子ちゃんだか
ら、四十で済んだのよ。立派だから。わたしたちの場合は六十くらいでいいんじゃない」と喋ってい
た。何が孔子ちゃんだ、と呆れた。孟子ちゃんはね、とも言っていた。
「二郎君のお母さん、まだまだ若いよね。この間、久々に会ったけどぜんぜん変わってなくて」
辺見のお姉さんは贅肉が増えたにもかかわらず、萎れた印象があった。目がきょろきょろと動き、
俯き気味で、先ほど注文を取りにきたファミリーレストランの店員にも怯えているように見えた。
「お袋は六十過ぎて、親父が死んでから吹っ切れたんですよ。迷うことなく、自分の思うがままに生
きるようになって。ほら、孫悟空の頭の輪が外れたみたいに自由になったんです?
「緊箍児のことね」
「あの輪ってそういう名前なんですか?」
ええ、そうなのよ、二郎君知らなかったの?と彼女は微笑む。
目の前の、「辺見のお姉さん」はすでに、「辺見」という苗字も手放し、「お姉さん」という年齢で
もなくなったわけだから、私にとつては呼び名を失った曖昧模糊とした存在のようだったが、とりあ
えずは、「辺見のお姉さん?と呼ぶほかなかった。今さらここで、辺見のおばさんと言い換えるのは、
この世でやってはいけないことの}つに思えた。かと言って、新しい苗字を呼ぶのもよそよそしいだ
ろう。
辺見のお姉さんが結婚し、町を出て行ったのは私が中学生の時だ。小柄で細身ではあったけれど、
健康的な小麦色の肌をして、躍動感に満ちていた。瞳には愁いがあった。美しいなあ、と思春期真っ
盛りの私は憧憬を抱いた。新居に引っ越す日、私の家に挨拶にやってきた彼女が、「二郎君も元気で
ね」と握手をしてきた時、ぶっきらぼうに挨拶を返しながらも、恋愛成就と失恋と性的体験を同時に
味わうような、そわそわとした思いを感じた。それきり今まで会うことはなかったが、まさか、二十
二年も経って、こうしてファミリーレストランで向かい合うことになるとは、しかも、辺見のお姉さ
んの息子がひきこもりになっていて、そのことで私に相談してくるとは、予想もしていなかった。
「半年くらい前まで、眞人もカウンセリングに通っていたんだけどね」辺見のお姉さんの暗い雰囲気
はどこからというのでもなく漂い、やはり、萎れているようにしか見えない。肌には黒ずみが窺えた。
老化によるものではなく、精神的なくたびれが原因としか思えない。目の下には隈ができ、ほうれい
線がくっきりと刻まれている。
「カウンセリング、三ヶ月くらい通ってはいたのよ。月二回くらいだったけど。でも、眞人が急に、
『ここに通っても意味ない』って言って、それきり?
私は店内を見渡す。比較的、店内は空いていてそれが救いだった。どうしたの、と辺見のお姉さん
が窺ってくる。
「実は苦手なんです。ファミリーレストランが」
辺見のお姉さんは当然、理由を聞いてきた。私は何と説明すべきか悩んだ。ファミリーレストラン
にはさまざまな人間が集まってくる。その上、意外にテーブル同士が近く、横から、もしくは背中越
しに、他人の会話が聞こえてくることが多かった。騒がしいBGMがかかっているわけでもないため、
声も聞き取りやすい。それが私は苦手だった。怖い、と言ってもいい。誰かが困っている声や相談し
ている話、嘆きや悲しげな話題が聞こえてくると、気にかかって仕方がないのだ。同情するのではな
い。誰かが困っていると、私は、「どうにかしてあげたい」と思う。傲慢なのは承知している。


(本文P. 3〜5より引用)


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