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ロスト・トレイン

 
中村弦/著 出版社:新潮社 定価(税込):1,470円  
第一刷発行:2009年12月 ISBN: 978-4-10-312082-7 
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日本のどこかにあるという、誰も知らない廃線跡。奇跡を探しに、僕らは森へと旅立った。大人の青春小説。
 
ロスト・トレイン   中村弦/著

本の要約

誰も知らない場所行きの列車が、いま、目の前で動き出す―なつかしくなる、旅に出たくなる、じんわり切ない大人の青春小説。

中村 弦 (ナカムラ ゲン)        1962(昭和37)年東京都大田区生まれ。國學院大學文学部卒業。2008年『天使の歩廊―ある建築家をめぐる物語』で第20回日本ファンタジーノベル大賞を受賞、デビュー。丁寧な調査に裏づけされた構成、読みやすくゆきとどいた文章、明るい中にもどこか影のあるキャラクターが人気を呼ぶ(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


オススメな本 内容抜粋

第一部東京

小河内線

ぼくはあそこへ行き、そして帰ってきた。
これから書こうとしているのは、そのときの旅の記録だ。
旅に出るまえ、あるいは旅に出てからあと、ぼくの周囲でどういう出来事があったのか?そ
れに対して、ぼくはどんなことを感じ、どんなことを考え、どんな行動を取ったか? ── 書くべき
ことは山ほどあるが、どこからはじめたらいいだろう?
落ち着いてふりかえれば、そもそもの事の起こりが平間さんとの出会いにあったことは明らか
だ。平間さんと会わなければ、おそらくあの廃線跡について、ぼくは何も知らないままで終わっ
たにちがいない。
だからこの文章は、平間さんとの出会いから書きだすのがいいと思う。
*
JR青梅線の終点・奥多摩駅で電車をおり、改札を出て右へ行く。氷川渓谷のかたわらに緯め
くようにして建つ石灰石の工場のプラントが、まず目に飛びこんでくる。
工場のよこを抜け、道なりに橋を渡り、渓谷沿いを日原川の上流へ五分ほど歩く。すると、谷
をまたいでコンクリート製の大きなアーチ橋がかかっている。近くまでよれば、工場のある側の
トンネルから単線の線路が伸びてきて、アーチ橋の上を通り、渡り終えた直後にべつのトンネル
へと消えているのが見える。冬枯れの時期だとわかり、?わいかもしれないが、軌道内には雑草や
低木がほしいままに生え、使われなくなってから久しい線路だということに気づく。
これは奥多摩湖の小河内ダム建設の際に、資材の運搬で活躍した東京都水道局の専用線で、小
河内線とか水根貨物線とかいう名称で知られた鉄道である。当時はまだ氷川駅と呼ばれていた奥
多摩駅から、このアーチ橋まできて、そこからさきはさらに多数のトンネルや橋で険しい地形を
克服しながら、建設現場の近くの水根貨物駅まで全長六・七キロの区間をむすんでいた。昭和三
十二年のダム完成後は休止の扱いになり、その状態のまま都から私鉄へ、私鉄から地元のセメン
ト会社へと所有権が移った。
一昨年の春 ─ 
三月下旬ぐらいのことだったろうか。
ぼくはこの奥多摩の小河内線をおとずれた。
前年の秋に、たまたま手に取った雑誌の記事で埼玉県川越市にある安比奈線のことを知り、実
際にそこへ足を運んでから、ぼくは廃線跡というものに俄然と興味をもつようになった。ほかの
廃線跡へも行ってみたいと思ったが、それまで鉄道の世界にはあまり関心をよせずにきたので、
最初はどこへ行けばよいのか見当もつかなかった。本やインターネットをたよりに、とにかく交
通の便がよくて面白そうなところをさがし、いくつかの廃線や休止線をぽつりぽつりと訪ねた。
小河内線を見にいったのも、そうした趣味の一環でのことだった。
その日、氷川渓谷のアーチ橋をデジカメで撮影したあと、ぼくはいったん駅前までもどり、今
度は青梅街道を奥多摩湖の方角へすすんで、すこし行ったところから右手の〈奥多摩むかしみ
ち〉というハイキングコースへはいった。
あいにくの曇り空で、山の空気はいささか冷たかった。ぼくの住んでいる吉祥寺では桜がもう
咲いているのに、奥多摩では梅がまだ満開だった。
杉や檜にかこまれた急な坂道をのぼっていくと、あらかじあ得ていた情報のとおり、ハイキン
グコースが小河内線の線路と斜めに交差する踏切の跡へ出た。東側には数十メートルさきにトン
ネルがある。西側は山の斜面に吊り棚のように張りだした鉄橋になっていた。どちらの側にもカ
ラーコーンにコーンバーを渡したり、杭のあいだに鎖を張ったりして障害物が設けられ、「立入
禁止」の札がさがっている。
ぼくは踏切跡に立ち止まって、鉄橋の上の赤錆びたレールや朽ちた枕木を見つめた。
これが学生のころなら、好奇心の赴くままに障害物をまたぎ越え、廃れた軌道へ踏みこんでい
ったにちがいない。だが、社会へ出て三年ほどがたち、二十代も半ばになれば、さすがに多少の
分別というものがついている。
 それにくわえて、ぼくは過去に恐ろしい体験をしていた。
 ─大学時代から卒業後にかけて、友人に誘われて廃嘘の探索へ何度か出むいたことがある。


(本文P. 7〜9より引用)


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