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 夜を守る

石田衣良/著 出版社:双葉社 定価(税込):1,575円  
第一刷発行:2008年2月 ISBN:978-4-575-23606-4  
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上野・アメ横の夜を守る為に、繁、サモハン、ヤクショの3人は「チーム」を結成することに。痛快青春ミステリー登場。
 
夜を守る 石田衣良/著 

本の要約

今度の舞台は、アメ横だ!失踪した相棒を捜すダンサー。嫌がらせに悩むヤクザ。ひきこもりでシンナー中毒のイケメン。商店街をおびやかす“ハイカラ窃盗団”。アメ横の平和を守るため4人のガーディアンが今夜もガード下に全員集合。


上野・アメ横。繁、サモハン、ヤクショの三人はこの街で暮らす幼なじみ。仕事上がり馴染みの定食屋に集まるのを楽しみに生きてるクールじゃない毎日。だが、ある事件をきっかけに、アメ横の夜を守るべく「チーム」を結成することに。痛快青春ミステリー。

<著者紹介> 石田 衣良 (イシダ イラ) 
1960年東京都生まれ。成蹊大学経済学部卒業。広告制作会社を経てコピーライターとして活躍。97年「池袋ウエストゲートパーク」で第36回オール讀物推理小説新人賞を受賞。2003年『4TEEN』で第129回直木賞を受賞。2006年『眠れぬ真珠』で第13回島清恋愛文学賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


オススメな本 内容抜粋

プロローグ

川瀬繁はアポロキャップのひさしを軽くあげて壁の時計を見た。文字盤にダンボやドナルド・
ダックが跳ねているディズニー映画のプロモーション用時計である。手袋をしたミッキーマゥス
の左手がまうえに近づいていた。もうすぐ夜八時だ。繁のアルバイトの早番があける時間だった。
「銀幕堂」は上野のアメ横通りに面したレンタルビデオ店である。土地柄で日活の無国籍アクシ
ョンと東映の仁侠映画の品揃えが豊富だった。もっとも稼ぎ頭はどこのレンタルショップと同じ
ようにアダルト作品である。繁はビニール製のカーテンで仕切られたアダルトコーナーで貸出中
のゴム札をはずしていた。『ロリータ刑事騎乗位尋問』。主演のAV嬢は身長が百五十センチに
満たない人気の妹系だった。八時になったのを確認して、レジカウンターの店長にいった。
「すみません、そろそろあがらせてもらいます」
店長は繁を見ずにいった。
「おう、お疲れ」
繁はスタッフオンリーとプレートが貼られたドアを抜けた。広さ三畳ほどの窓のない部屋には、
新作ビデオの段ボールが所狭しと積まれ、身体を横にしなければ通れないほどだった。灰色のロ
ッカーにエプロンを丸めて押しこみ、MAータイプのフライトジャケットを取りだした。鮮やか
なブルーの中国製パチもので、繁の夜のユニフォームである。ナイロンの裏地を鳴らして勢いよ
く袖を通す。
息を殺して半日をすごし、可もなく不可もないアルバイト店員から、ようやく自分に戻る時間
がやってきた。繁はキャツプのひさしを深くすると、両手をポケットにいれて夜のアメ横にでて
いった。
十二月を迎えて商店街は活気づいていた。イクラや新巻鮭やタラバガニなど正月用の食材をた
たき売る生鮮食品店には遠来の客が群がり、売り子が潰れた声で日本一安いと叫んでいた。アメ
リカンカジュアルの洋服屋はハンガーにかけたダウンジャケットを店の外壁高くまでぶらさげて
いる。ガードしたの壁一面にカラフルな鱗でも生えたようだった。そんな店がアメ横には百軒近
く並んでいる。こちらの客はぐっと若く、三千円の襟にボアのついたジャケットを買うか買わな
いか、じっと見あげて思案していた。
車両進入禁止の交差点には、名物の焼き栗の匂いが流れていた。腹を空かせていた繁にはかな
り刺激的な匂いで、毎年この匂いをかぐともう一年が終わるのだと淋しく感じるのだった。そこ
そこの私大をでて、就職をせずに四年。この宙ぶらりんな生活が身体にしみついてしまっている。
それでも繁はどうにも就職する気にはなれずに、この街にぶらさがるように生きていた。大企業
にはいった学生時代の友人たちは、誰も幸せそうに見えなかったのである。
繁は背中を丸めてJRのガードしたをくぐった。そのあたりにはびつしりと金属の蟻のように
放置自転車が群がっていた。なかには二層三層に錆びたフレームを重ねた自転車の山がある。街
灯の届かない暗がりでひとり黙々と自転車を整理している老人がいた。台東区のシルバー事業団
には見えなかった。あの団体が夜のこんな時間に働いているはずがない。老人の格好はアメ横と
いう街のせいか、なかなか垢抜けている。
クルミ色の厚手のセーターのうえにポケットが二十ばかりついた赤のフィッシングベスト。し
たはカーキのカーゴパンツで、こちらにもかなりおおきなポケットが六個ついていた。アメリカ
製のアウトドアブランドのものらしかった。足元は9インチの編みあげのワークブーツである。
繁はさっと老人を観察すると、なにもいわずに横を通りすぎようとした。老人は繁に気づくと振
りむいていった。
「すまんが、あんた四年まえの十二月十二日、夜の十一時になにをしていたかな」
まるで意味がわからなかった。老人は井戸の底でものぞきこむように、繁の目を見つめていた。
繁はなにもいえずに黙ってしまった。また頭のおかしな年寄りにひとりぶつかったのだろう。上
野公園のホームレスには一日中ひとり言を叫んでいる人間がよくいる。繁の表情の空白を読んで、
老人はふっと肩の力を抜いた。
「いいや、悪かった。あんたじゃあ、ないようだ」
手のひらにゴムの滑りどめがついた軍手で、また自転車を一台一台きれいに並べ始める。
おかしな老人だった。だが、アルバイトのとき以外、繁は極力口をききたくなかった。


(本文P. 5〜7より引用)


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