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悦楽の園 
著者
木地雅映子/著
出版社
ジャイブ
定価
税込価格 1,890円
第一刷発行

2007/10

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ISBN 978-4-86176-436-3

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相原真琴は、変人と思われている同級生・南の才能のために立ち上がる。疾走感の力作。
 

本の要約

相原真琴、13歳。「革命家」の父と当時15歳の母との間に生まれ、父は失踪、母は死亡。独立心旺盛な子として育つ。ある日、クラスメイトたちに変人と思われている同級生・南から、多くの<怪奇>が描かれた絵を見せられる。南は、周囲の誰にも理解されていないが。自閉症の「天才児」であった。いつしか恋に落ちた真琴は、南と、その才能のために立ち上がる―。



オススメな本 内容抜粋


革命家だった、と聞かされていた。
あるいは、犯罪者だった、とも。
はじめてパパに会った時、真琴は思った。この人は、あたしのことがわかるんだ、と。
訪問する、という知らせが届いてから、何週間も経っていた。毎日ドキドキして待ち続けた。そ
してある日、学校から帰ると、台所のストーブのそばのテーブルで、背の高い男の人が、コーヒー
を飲んでいた。
長い茶色のコートに身を包んだまま。その傍らに、使い込んだ黒いバックパックが転がっていて、
帽子とマフラーがのっかっている。
「あ、真琴、おかえり。」
と、おばあさまが言い、男の人が振り向いた。丸い眼鏡をかけて、すこしやつれて、でも、とて
も若くて、ちょっと恐そうで、素敵なひと。
このひとが、あたしのパパなのか。
真琴がなにも言えずに立ち尽くしていると、パパはコーヒーカップをテーブルに置いて立ち上が
り、すこし笑いながら、
「散歩に行かない?」
と言った。
12月だった。外は雪が降っているのだった。
雪の中をどんどん歩いた。
庭をまっすぐ突き抜けて、外へ出ると、さらにあてもなくどんどん歩いた。なんにも喋らない。
(まるで、ひとりで散歩している時とおんなじみたい。)
と、真琴が思った時、唐突に、軽い調子でパパが尋ねた。
「真琴、いま、好きな男の子なんかいる?」
真琴は少し、幻滅しそうになった。はじめて会う娘にまっ先に尋ねるには、ちょっと軽薄な質問
のような気がする。
けれどパパの顔を見上げると、まるでふざけて笑ってはいるけれど、目の奥が、とても真剣そう
にひかっていた。
「いるわ、パパ。」
「誰だい、真琴。」
「ハックルベリイ・フィンよ、パパ。」
「おお。」
と、パパは感嘆し、ひと呼吸おいて付け加えた。
「操を捧げてもいいくらい、ハックが好きかい、真琴。」
これくらいになると、もう真琴も笑っていた。
「操を捧げてもいいくらい、ハックが好きょ、パパ。」
パパも愉快そうに笑った。
それから、笑いやんで、静かに言った。
「それでいいよ、真琴。もし、きみがもうちょっと大きくなって、現実を見渡した時、ハックに勝
てそうな男がいなかったなら、そこで決して、妥協しちゃいけない……さて、ここらへんで引き返
そうか。」
その場でぐるっとターンして、それからまた、なにも話さないで、家の前まで戻ってきた。
門をくぐり、正面玄関の階段の手前で、真琴は思いきって立ち止まり、パパを見上げる。
「パパ。」
「なに?」
「パパとママは、妥協なんかしなかったのよね?」
パパはしぼらくの間、真琴の目をまっすぐ見返して立っていた。それから、
「してないさ。」
と、静かな、力強い声で言った。
真琴は笑って、パパと手をつないだ。
そして一緒に階段を登りながら、なんだか自分が、いままでよりずーっとつよい子になったよう
な気がして、嬉しかった。


(本文P. 5〜7より引用)

 

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