BOOKSルーエのおすすめ本 画像
 お月さん
著者
桐江キミコ/著
出版社
小学館
定価
税込価格 1,365円
第一刷発行
2007/03
e−honでご注文
ISBN 978-4-09-386169-4

 ★ 会員登録はこちら(1500円以上で宅配送料無料)⇒
 
あまりにも小さくて、かなしくて、さびしい。でも、泣きたくなるほど、いとおしい。こんなふうでも、人は生きたいものなのだ。淡い人生の味がつまった珠のような短編集。
 

本の要約

淡い人生の味わいがぎっしりつまった短編集。2004年9月に募集を始めた「きらら文学賞」に、遠くニューヨークから原稿が送られてきたのは、募集を始めて2か月後のことでした。どの小説も、原稿の枚数が応募規定に達していなかったため選外となってしまいましたが、あまりにも魅力的で、特例の読み切り連載の形で「きらら」に掲載を始めたのは、'05年4月号からのことでした。今回、そのとき連載した12本に書き下ろしを1本加え、単行本として刊行することとなりました。



オススメな本 内容抜粋

お月さん

桜子さんは、28センチの足の裏を、ひたひた、と地面に吸いつかせるようにして歩く。
でかいのは、何も足の裏だけでない。からだ全体が大柄で、肉付きのいい顔は、まるでまんま
るのお月さんだ。顔のパーツはゆるみがちで、青海原にほわほわと漂う浮島さながらだ。
何をするのもまだるっこくて、最初は、桜子さんという人はちょっとおつむが足りないんじゃ
ないだろうかと思っていた。
「あのヒト見てると、小学校のときの同級生の女の子を思い出すのよね。デブでとろいもんだか
ら、学芸会でやっと回してもらった役が、セリフなしのボンタンの木の役だったって女の子なん
だけどね」
事務所に入ったぼかりのころ、昼を誘ってくれた同僚が言った
「ボンタン?」
訊き返すと、
「そう、ボ、ン、タ、ン」
同僚は音節を一つ一つ区切って言った。
「ステージの真ん中にウドの大木みたく立ってて、人が木陰に休みに来るたびに、ぽとぽとって
感じで実を枝から落とすの。なかなか適役だったわよ」
同僚は花のように笑い、ボンタン、ポンタン、アンポンタン……とリズムをつけて楽しそうに
歌いだした。
しばらくして気づいたのだが、桜子さんは、特にのろいわけでも何でもなく、ただ、そう見え
るだけのことなのだった。たぶん、あのバカでかい図体と、そして何よりもあの平べったい顔が
桜子さんを鈍くさく見せていたのだろうと思う。どこへ行っても笑いの種になる星回りの人がい
るものだけれど、うちの事務所では、桜子さんがそうだった。
桜子さんは、また、絶好の叱られ役でもあった。何かあると、部長は桜子さんを呼んで叱った.
部長に呼ばれると、桜子さんは、穴から這い出てまぶしい日光に目をくらませるモグラとでも
いった感じでぬうっと席から立ち上がって、部長の前に突っ立った。そして、部長のハゲ頭を見
下ろしながら、鶴憤晴らしとしか取れないような叱責を、まんまるのお月さん顔で全面的に受け
入れる、というか、吸い込むのだった。
そんな桜子さんが事務所の中で浮いていたのも、まあ言ってみれぽ無理もないことで、社員食
堂なんてしゃれたもののない小さな事務所だから、昼になるとみんな外へ食べに出るのだけれど、
桜子さんだけは持ってきた弁当をひとりで食べた。だれも桜子さんを誘おうとしなかった。桜子
さんは、事務所の隅の、うぐいす色のレーヨン地を張ったついたての裏で、ひとり、どか弁を開
いた。
アルミのヤカンをでんと前に据え、お茶をがぽがぽ飲みながら、流し込むようにして食べる桜
子さんの弁当は、キスのフライがシッポをピンと立てて踊っていることもあれば、マグロのステ
ーキがあぐらをかいていることもあり、大判メソチカツが偉そうにふんぞり返っていることがあ
れぽ、冷凍イモのハチミッ煮が隅っこで笑んでいることもある。事務所のエアコンが壊れて何も
かもが溶けそうに暑かった日には、ごはんの上に、マヨネーズをかけたゆでブタがふてくされた
ように寝そべっていた。それを、桜子さんは、滝のように汗を流しながら口に運んでいた。


(本文P. 7〜9より引用)

 

▼この本の感想はこちらへどうぞ。 <別ページでご覧になれます



e−honでご注文
BOOKSルーエ TOPへリンク
 ★ 会員登録はこちら(1500円以上で宅配送料無料)⇒


このページの画像、引用は出版社、または著者のご了解を得ています.

当サイトが引用している著作物に対する著作権は、その製(創)作者・出版社に帰属します。
無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。

Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved.