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 1000の小説とバックベアード
著者
佐藤友哉/著
出版社
新潮社
定価
税込価格 1,575円
第一刷発行
2007/03
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ISBN 978-4-10-452502-7

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「小説家ってなんだろう?」「人はなぜ小説を書き、読むんだろうか?」日本文学1000年の悩みが、今夜新宿でビッグバン。
 

本の要約

僕は「片説家」。「小説家」と違って、純粋に「特定の個人に向けて物語を書く」仕事だ。そこにあるのは、創作とはいえないリクエストとマーケティングだけ。いや、正確には「片説家」だった。四年間この仕事をしてきたが、今さっき解雇されたのだ。27歳の誕生日だというのに…。あてもなく過ごしていたところへ、「私のために小説を書いて欲しい」という女性が現れた。奇しくも、失踪しているという彼女の妹は、かつて僕のいた会社が、片説の原稿を渡した相手だという―。



オススメな本 内容抜粋

第−章約一万四千冊の本たちから遠く離されて


作家志望者はまず無職になれ

仕事をうしない、着弾点をわざと外されたような気分になったその日、僕は二十七歳になった
けれど、家族からは愛されて育ったし、自分を嫌う子供じみた幸福時代は終わっていたので、コ
ンピニエンスストアでショートケーキとワインを買って誕生日を祝おうとしたが、蟻燭がなかっ
た。
誕生日ご愁傷さま。
アパートに戻った瞬間、チキンを買い忘れたことに気づく。ケーキとワインだけではどうも物
足りない。だけどもう一度出かけるのは面倒だし、真夏にチキンは不釣り合いなので、冷蔵庫か
ら生ハムとカットチーズを取り出して、八畳間の床に広げた。
二十七歳の誕生日に自由にチキンを食べられないのは悲劇だ。
さらに二十七歳の誕生日に仕事をクビになるのもまた悲劇だ。
一日二百本もの煙草を喫っていた小説家、石川淳は、体操して、執筆して、飲酒して、牛肉を
六百グラム食べて、奥さんと楽しくくらしていたが、死の数週間前に入院し、昏睡状態に入り、
そのまま死んだ。死因は肺癌による呼吸不全。享年八十八歳。最後まで健康的に生き、仕事をつ
づけ、甘い牛肉を喰らい、さほど苦しむことなく、家族に看取られて死んだ。
今日はじめて心配になったが、そうした普通に幸福な人生が自分のもとにおとずれる可能性は、
もしかしたら低いのではないか。

本当に小説家になりたいのか?
片説家は、簡単にいうと小説家みたいなものだが、本質はひどく違っているので、僕は決して
小説家ではない。
ゆえに、僕が書くものは小説ではない。
小説は高尚なものだ。正座し、背筋を伸ばし、原稿用紙と格闘し、自分の秘密や思想や汚辱を
べースにして、読者をおもしろおかしく、ときにはほろり、ときにははらはらさせつつ、世界と
握手する方法や、世界を殴りつける方法を教えるのが、本当の意味での、そして唯一の意味での
小説だ。
でも片説は違う。
極端なことを云えば、文章を組み立てられる人間なら誰でも片説家になれる。それに小説家は
自由業だし、読者も不特定多数だが、片説家は会社を作ってグループを組み、みんなで考えみん
なで書き、読者ではなく依頼人に向けて物語を制作する職業だ。たった一人の読者のために物語
を書く創作集団だ。
僕が片説家になったのは、二十三歳を二ヵ月ほどすぎたころだ。昔から国語が得意だったのと、
無職だったのと、アパートの契約更新がせまっていたのと、職業安定所に募集用紙が貼られてい
たのを偶然見つけたのが、その理由だった。
募集要項を読んだ僕は電話をかけて面接をセッティングしてもらい、スーッをクリーニングに
出し、二日後、東西線に乗って神楽坂駅で下車した。新潮文庫のマスコットキャラであるYon
da?君が描かれた看板の横手には坂が伸びている。小説家であれぼ坂をのぼり、その先にある
新潮社に行くのだろうが、小説家どころか片説家ですらなかった当時の僕は坂をくだり、目的の
会社、『ティエン・トゥ・バット』の前に立った。
雑居ビルの三階に居をかまえたそこは、想像していたものよりも立派だった。二十畳ほどの無
人のオフィスには、四隅に置かれたスチール製の机と、その上に鎮座する時代遅れのデスクトッ
プパソコンがあったが、何より目立ったのは、室内を取り囲む本棚だ。
僕は本を読む人間なら誰もがするように、本棚につめこまれた書物のタイトルを確認した。
『虹いくたび』『つめたいよるに』『仰臥漫録』『第四間氷期』『ある微笑』『ムーミン谷の仲間た
ち』『迷路のなかで』『ラベンダー・ドラゴン』『森の死神』『魚雷艇学生』『絵のない絵本』『樽』
『鳥の影』『愛の生活』『花のノートルダム』『エドウィン・マルハウス』『みずうみ』『猫のゆりか
ご』『思い出トランプ』『宮殿泥棒』『野火』『ブラウン神父の童心』『夏への扉』『王妃の離婚』



(本文P. 7〜9より引用)

 

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