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 正義のミカタ I’m a loser
著者
本多孝好/著
出版社
双葉社
定価
税込価格 1,575円
第一刷発行
2007/05
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ISBN 978-4-575-23581-4

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大丈夫、君も明日をかえられる  いじめ リストラ、格差。こんな社会で生きていかなきゃならない、本当は将来が少し心配なあなたに贈る、書き下ろし青春小説。
 

本の要約

高校時代にいじめられていた亮太は大学入学を機に変わろうと「正義の味方研究部」に入部する。正義の名のもとに学内のトラブルを解決し、自分の変化を実感するようになるが、次第に本当の正義とは何なのかを考え始める…書き下ろしによる長編青春小説です。



オススメな本 内容抜粋

1

なぜ季節は春から始まるのだろう。
幼いころ、ふと不思議に思ったことがある。四つに分けられた季節は、なぜ春夏秋冬と呼ばれ
るのだろうと。シュウトウシュンカでも、トウシュンカシュウでもなく、なぜシュンカシュウト
ウなのだろうと。けれど、その小さな不思議は答えを見つけられないまま、いつの間にかどこか
へと消、兄てしまっていた。幼いころに思い浮かべた他の多くの小さな不思議と同じように。そし
て幼いころに思い浮かべた多くの小さな不思議は、人生の中のふとしたきっかけで答えとともに
よみがえってくる。ああ、そういうことだったのか。そういえば、それを不思議に思ったことが
あったよな、と。
なぜ季節は春から始まるのか。その答えを僕は今年の春に見つけた。それはとても簡単なこと
だった。人がもっとも強く待ち望む季節が春だからだ。長く冷たい冬にじっと耐え忍びながら、
人は春を思う。冬が長ければ長いほど、冷たければ冷たいほど、その思いは強くなり、人は春に
焦がれ、春に恋する。その一番大事な愛しい季節を人は四つの季節の一番最初に持ってきた。そ
ういうことだったのだ。生まれて十八回目の春、僕はそのことに気がついた。そう。春がやって
きた。長い長い冬に耐え忍びながら僕が待ち続けた春が、ついにやってきた。ああ、春だ、と僕
は思う。そして、春だね、と口に出して言ってみる。
まったくねえ、と母さんは頷き、立て続けに三回くしゃみをする。
「ただでさえ、使えない学生アルバイトがわんさと入ってくるのに、この季節は変な客が増える
から嫌になるわ。こっちも苛々してるから、ついつっけんどんになっちゃうし、そうすると私が
店長に怒られるのよね。お客様に向かってあの応対は何だって。何がお客様よ。あんな人たち、
どうせ何にも買いやしないんだから」
あとは頼んだよ、と言って、作りかけの夕飯を僕に預けると、母さんは巨大なマスクをかけ、
パートをしている終夜営業のディスカウントストアに向かうため自転車にまたがる。
ご飯が炊き上がり、僕が味噌汁を作り終えるころ、父さんが帰ってくる。
春だね、と僕はまた言ってみる。
「ああ。今年の桜はちょっと遅かったな」と父さんは笑う。「明日は五時起きだ。今年も花見の
場所取りを任されちゃって」
夜のうちに、去年しまい込んだ青いビニールシートを物置から引っ張り出し、丁寧に雑巾をか
け、朝の五時に起きて、勤めている工場近くの公園へ始発で向かう。毎年のことだ。
自分と父さんの分の夕飯を食卓に並べてから、僕はもう一人分の夕飯をお盆に載せて、二階の
妹の部屋へ行く。
春だね、と机に向かう背中に僕は声をかけてみる。
「だから何よ。それ嫌味?」
妹は振り返って、僕を睨みつける。
「わかってるわよ。あと一年を切ったってことくらい。あんたと違って、私の受験は本物なの。
名前を書けば受かるあんたの大学とは違うのよ。だから、さっさと消えてよね」
夕飯の載ったお盆を渡し、僕は言われた通りにさっさと妹の部屋を出る。父さんとともに夕飯
を食べると、あと片付けをして、妹の部屋の向かいにある自分の部屋に戻る。ベッドにごろりと
横になって、開け放った窓から吹き込んでくる風に春の匂いを探す。匂いからは、隣の家の夕食
がカレーであることしかわからなかったけれど、それでも生温い風は冬のものとは違う。
ああ、春だ、と僕は思う。
僕にとって、春は何でもない。ただ冬の次にくるだけの季節だ。そう。去年の春までは。けれ
ど、今年の春は違う。僕は大学生になった。妹に言わせれば本物ではない受験を、僕にしてみれ
ば必死に突破し、晴れて大学生になった。大学生になったということは、大学に通うということ
だ。それは、だから、高校にはもう行かなくていいということだ。
素晴らしい。
悪夢のような高校時代を思い出し、僕は泣きそうになる。けれど、それは悪い夢だったのだ。
この春、僕は夢から醒めたのだ。さなぎから蝶になったのだ。さあ、美しい羽を存分に広げよう。


(本文P. 3〜5より引用)

 

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