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 無銭優雅
著者
山田詠美/著
出版社
幻冬舎
定価
税込価格 1,470円
第一刷発行
2007/01
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ISBN 978-4-344-01284-4

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「心中する前の日の心持ちで、つき合っていかないか?」大人になりそこねた男女は、名作に導かれ、世にも真摯な三文小説を織り上げる。恋愛小説の新たなる金字塔、幻冬舎創立13周年記念特別作品。
 

本の要約

恋は中央線でしろ! 
大人になりそこねた男と女は、名作に導かれて世にも真摯な三文小説を織り上げる。
いつか死ぬのは知っていたけれど、死ぬまでは生きているのだ。 ささやかな日々の積み重ねがこすり合わされて灯をともし、その人の生涯を照らす。 そして照り返しで死を確認した時、満ち足りた気持で生に飽きることが出来る。 私は、死を思いながら、死ぬまで、生きて行く、今わの際に、御馳走さま、とひと言、咳くために─。



オススメな本 内容抜粋

みーみーと言って体をすり寄せて来るのは猫ではないのである。それは霊長類ヒト科の
雄で、御年四十五歳。世の中では、おじさんと呼ぼれる年頃ではあるが、私には、そう受
け止めることが出来ない。それは、私自身も同じ年齢だからであろう。まわりの見えてい
ない時の私たちは、いまだ少年少女。図々しいなんて、これっぽっちも思わない。二人き
りでいる時の私たちは、浮世を見捨てて、みーみーと鳴く。ちゅんちゅんとも鳴く。くん
くんと鼻を鳴らしもする。わんわんとは吠えない。可愛くないからな。動物の鳴き声はい
たいけなのがよろしい。声帯模写をして、私たちもいたいけになる。馬鹿みたい?いい
じゃない。色恋なんて、なんでもあり。なんでも。普通、こういう場合、開き直りの精神
が加担するので、「なんでもあること」の中には、不倫、とか、駆け落ち、とか、逃避行、
などという大胆不敵な事柄が含まれて来る。しかしながら、私たちは、そんな大それたこ
とを企てたことはない。思いつきもしない。私たちの間柄は、とても慎ましやか。小心者
たちだもの。ただ、ばっかみたい、に時間を共有するだけ。ばっかみたい、なことを一回
してしまうのは馬鹿だけど、百回もすれぽ、それが日常。ばっかみたい、な日常は、二人
だけのいとおしいルールを創り上げる。人さまにはお見せ出来ない恋の有様をはぐくむ才
能。その所作を体得する。これぞ年の功。みー。
おれらの出会いって、絶対、運命だよ、運命!運命運命運命、ぜーったい!と栄が
はしゃいでから、はや三年になる。
あの時、私は呆気に取られたまま、目の前の男を、ただ見詰めた。男との出会いに運命
という言葉を用いたことは何度かあるが、それは、もうはるか昔だ。しかも、その運命で
あった筈のものは、次々としぼんでしまい、今では、私の心のはしっこに、干からびた種
のようになって置き忘れられたままだ。水をまいても土をかけても、もう芽は出ない。
運命ねえ、と私は心の内で眩いた。ぽっかみたい、と感じた。私たち、いったい、いく
つだと思ってるの?私のその問いに、彼は答えて、にっこり。
「四十二!」
先生に当てられて答える小学生の子のように、得意気に言った。その瞬間、私は、もの
すごく当り前である筈のことに、今頃になって気付いた。私の年齢って、数字だったん
だ!驚いた。そして、そんなことに気付いて驚いている自分自身にもっと驚いた。何か
真理のようなものを発見した気持。何か未来を変えるようなものを発明した気持。たとえ
ぽ、トーマス・エジソンの電球とか、百円均一のショップで売ってた白髪ねぎ作り器とか、
そんなものを。年齢という代物が、にわかに絶対的な存在として、私に近付いて来た。逃
げなくては、とあせったのだが遅かった。つかまえられた。振り向かされた。そして、私
は、自分の年齢と運命的に出会った。初めまして、四十二さん。目の前に、生まれて初め
て出会った年齢が、私だけのためにいた。そして、とうの昔に干からびて使いものになら
なくなった筈の運命たちが、にわかに湿り気を吸って芽ぶき、私の背中を押し始めたのだ
った。なーんだ、と思った。過去は、現在のためにあったんだね。私は、霊長類ヒト科、
雌、四十二歳。ただそれだけのことを知るために四十二年をかけた。その年月は長過ぎた
か。ううん、たぶん、そんなこと、ない。回り道の効用、この男と証明して行く。ウェル
カムトウマイデストニィ。たいていの人々がそうであるように、ウェルカムと手放
しで迎え入れることぼかりではなかった私の人生。けれども、彼と出会って以来、こっそ
りと歓迎すべきものが積み重ねられている。たとえば、死。
初めて栄の布団の中で共に夜を明かした時、彼は、襖の上の方を指差して言った。
「あそこで、おれのかみさん、首吊って死んだんだよ」
「嘘!?…」
「ほんとだよう。おれ、女房に自殺された可哀相な男なんだよう」

(本文P. 3〜5より引用)

 

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