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 東京ダモイ
著者
鏑木蓮/著
出版社
講談社
定価
税込価格 1,680円
第一刷発行
2006/08
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ISBN 4-06-213560-4

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終戦直後、シベリアで起きた日本人将校斬首事件と現代日本でのロシア人女性殺人。60年を隔てた情念が2つの事件の真実を照らし出す。王道を行く本格ミステリ。
 
本の要約

第52回江戸川乱歩賞受賞作

男は帰還(ダモイ)を果たし、全てを知った。
極限の凍土・シベリア捕虜収容所で起きた中尉斬首事件。
60年間の沈黙を自らに強いた男が突如、姿を消した――。
風化する歴史の記憶を照射し、日本人の魂を揺さぶる感動作!

<『選評』より>
「強制収容所内の殺人を60年後の現代から解き明かそうという壮大な構想」――綾辻行人
「落ち着いた筆致で丁寧に書かれた物語」――井上夢人
「シベリアの俘虜収容所のシーンが秀逸。詠まれた俳句から、殺人の凶器と犯人を推理する部分もおもしろい」――大沢在昌
「シベリア抑留を回想する原稿を挟んだ物語造りと、その誠実な筆致には好感が持てた」――真保裕一
「主人公の妹や上司・朝倉晶子のしっかりしていてキビキビと働く姿など、実に魅力的に描けている」――乃南アサ


オススメな本 内容抜粋

プロローグ

一九四七年十一月。

ソ連イルクーツク州タイシエト地区・第五十三俘虜収容所
「寒波だ、マロースが来る。明日はマイナス四十度を下回るかもしれん」
壁板に打ち付けてある寒暖計を見て、鴻山隼人中尉はつぶやきながら、外套のベルトに括り付
けた親指大の木彫りの達磨を手のひらでもてあそぶ。もとは赤色だったが、彼の手垢のせいで茶
色い仏像に見える。
「いっそのこと、マイナス五十度まで下がればいいのですが」
傍らにいた川崎茂少尉が、疲れ果てている部下らを見回しつつ言った。
このラーゲリの決まりでは、マイナス四十度で作業の中止が告げられる。ただ七、八度の超過
は誤差で処理された。むしろごまかしのきかない大幅な冷え込みになる方が、確実に重労働を免
れたのである。
「滅多なことを言うものではない」
「申し訳ありません」
間髪入れずに川崎は小さく頭を下げた。
「まあ、かなりのマロースになるだろうがな」
鴻山は戸ロから離れ、中央にあるぺーチカへゆっくりと戻った。その後を川崎が右足を引きず
りながら付いて歩く。川崎は作業で怪我をしたのか包帯代わりにゲートルを足首に巻き、血を滲
ませていた。よほどの傷でないかぎり、手当は自分で済ませねばならないのだ。
間ロ八間(約十四・五メートル)、奥行き二十五問(約四十五・五メートル)の木造平屋の兵
舎に、二個小隊百名ほどの抑留者が詰め込まれている。ドラム缶を利用したペーチカを囲むよう
に寝台が二段に設置され、わずか一平方メートルがそれぞれの寝床となっていた。いや居住空問
のすべてだといってもよかった。当然身体の一部は触れ、重なり合う。互いの身体の温もりで、
暖をとりあっていた。
夜は機械用のグリスを燃やし、明かりをとった。グリスの黒煙と煤で屋内は薄暗く、ペーチカ
から漏れる火ばかりが目立っていた。
ときどき薪のはぜる音が聞こえる。
あてがわれた}枚の薄毛布では、空腹と疲労とで冷え切った身体を充分暖めることはできなか
った。みな外套を脱がず、帽子を被ったまま膝を抱えるようにして横たわる。
鴻山は決まってぺーチカの傍らの丸木に腰掛け、煙草を紙片に巻いて}服する。ノルマを果た
せば一日に配給される葉っぱ五グラムに加えて、十二・五グラムが増量されることを示すためだ
った。
マホルカは、収容所で貨幣なみの価値をもち、時には黒パンとも交換できた。
ただマホルカを巻く紙も貴重品で、鴻山とて古新聞やセメント袋、写真までも流用していた。
「中尉殿がお戻りになるぞ1」
川崎のその声に一斉に体を起こした兵隊たちは、シベリア焼けした赤黒い顔をぺーチカに向け
た。
「帝国軍人の誇りを忘れるな。無様な姿を監視兵に見せてはならない。ノルマに負けるな。おそ
らく今晩からマロースに見舞われる。気をつけるように。以上」
抑留生活が始まり三年目ともなると、兵士たちは以前のような機敏な敬礼はしなかった。身体
だけでなく、忠誠心にも疲れがでてきていたためだ。
加えて、ソ連側は、抑留者たちに共産主義を植えつけるため、軍国主義をやめさせようと民主
化教育を激化させていった。
第五十三ラーゲリのように、軍隊の階級どおりに統治されているところは少ない。そんな噂も
流れ始めていたのだ。
軍国主義を守るため、ノルマの査定が終わる時刻になると、鴻山はバラックに姿を現した。そ
してノルマ達成率を上げることも、軍人としての衿持を保つことになると説くのだった。
「では、休んでよし」
鴻山の訓示が終わった時、一人の男が声を発した。二段目の寝床からひょいと出した顔は二十
代前半だろう。


(本文P. 5〜7より引用)

 

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