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 下北サンデーズ
著者
石田衣良/著
出版社
幻冬舎
定価
税込価格 1,575円
第一刷発行
2006/07
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ISBN 4-344-01206-2

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日本最後の「貧乏の楽園」にようこそ。演劇の聖地・下北沢を舞台に夢を懸けて奮闘する男女を描く、徹底的に貧乏で、それでも圧倒的に美しい青春グラフィティ!
 
下北サンデーズ 石田衣良/著

本の要約

ドラマ、映画、舞台など幅広い分野で活躍する演出家・堤幸彦。
現代感覚の妙手として若者たちから絶大な支持を集めている作家・石田衣良。 そして、ジャパンポップスのトップランナーとして時代を駆け抜けてきたアーチスト・藤井フミヤ。
現代を代表する3人が原案の段階から携わり、それぞれの才能を掛け合わせて作り出す 新感覚の青春群像劇。
舞台となるのは、古き良き昔ながらの文化と、若者が生み出す今時カルチャーが雑多に融合した街・下北沢。
将来の目標さえ見出せずにいた少女が、演劇との運命的な出会いから新しい自分を発見し、成長していく姿を中心に、舞台にかける若者たちの夢と美しくも貧しい劇団生活を鮮烈に、そしてコミカルに描きます!

上戸彩主演でドラマ化!!話題の石田衣良最新作! 夢+貧乏=美しき青春ストーリー

雑誌「パピルス」連載中から話題沸騰! 恋愛あり、嫉妬あり、喧嘩あり、金銭トラブルあり……。演劇の街・下北沢を舞台に贈る、弱小劇団奮闘グラフィティ! 夢を追い続ける自信はありますか? ずっとビンボーでいる覚悟はありますか?

「下北サンデーズ」ドラマオフィシャル



オススメな本 内容抜粋

 

第1章  ミニミニシアターの出会い

がらがらとキャスターの転がる音があとをついてきた。
生ぬるい春風が全身を包むように吹きすぎていく。
里中ゆいかが引いているのは、空色の小型トランクである。
日曜日の下北沢は祭りのような混雑だった。道端には自分で書いた色紙を売る若い男が座り、
新型携帯のキャソペーソガールはピンクのマイクロミニで声をからしている。猫の額のような
駅前広場には、人待ち顔の男女が携帯の液晶画面をにらんで立っていた。みなよく似たセンス
の古着ファッションだ。ゆいかはマクドナルドのガラスに映る自分の姿を見つめた。、白いシャ
ツブラウスに紺のタイトスカートのスーツ。足元は黒のパンプスで、就職活動にでもでかける
ような格好だった。
(考えてみたら就職するようなものかもしれない)
ゆいかはプリントアウトを手に、久しぶりの下北沢を歩きだした。狭い路地の両側には、夜
店のようにちいさなショップがならんでいる。なぜか一番多いのは靴屋だった。それも高価な
革靴は一足もなく、赤札のついたスニーカーが店先の歩道にあふれている。つぎに多いのは居
酒屋と古着屋だろうか。共通しているのは、がちゃがちゃと勢いがよくて、どれも値段が安い
ところである。
南口を離れて、茶沢通りにむかった。多いのは店だけではなかった。電柱や建物の壁面は、
演劇のボスタ…とグラフィティで埋まっている。よく見ると店先にだされたワゴンには、商品
といっしょに小劇団のフライヤーが雑多におかれていた。ここは芝居の街なのだ。
あづま通りを折れて消防署にむかう一方通行の路地の右手に、その建物が見つかった。一階
はワゴン車が一台しかとまっていない駐車場、二階と三階の窓は黒い布で目隠しされている。
下駄をはいた四角い箱のような鉄筋コンクリートの安手なビルである。濁った春の空に張りだ
した看板には、スタジオDNとあった。ゆいかは横についた鉄製の階段を、両手にトランクを
さげてあがった。防火扉が開いたままの入口から、音楽が漏れてくる。オリビア・ニュート
ソ・ジョソの「フィジカル」。何十年まえのヒット曲だろうか。

ゆいかは雪駄とサンダルがきちんとそろえられた玄関で声をあげた。
「あの、こんにちは」
誰も返事をしなかった。スタジオにつうじる短い廊下の奥に、もう一枚のドアがあるようだ。
スタジオの玄関を見まわした。ここにも無数のポスターとフライヤーが張ってある。
「あの、こんにちは。どなたかいませんか」
音楽がちいさくなるのを待って、今度は腹から声を張った。スチールの扉が開いて、頭に赤
いタオルを巻いた女の顔が高い位置にのぞいた。
「なに、あんた。生命保険の勧誘なら、ほかにいきな」
なつかしくて声をあげそうになった。ノーメイクのおおきくて眠そうな顔。キャンディ吉田
だ。
「いえ、違います。今日は劇団員募集の面接にきたんです。里中ゆいかといいます。よろしく
お願いします」
勢いよく頭をさげて、手にしたプリソトアウトをさしだした。座長のあくたがわ翼の横顔が
シルエットになって浮かんでいる。下北サソデーズのサイトのトップページを印刷したものだ。
キャンディが顔を崩して笑った。心からうれしそうな表情である。女優というのは、こんなふ
一うに顔中の筋肉をつかって笑うんだ。
ゆいかが感心していると、キャンディのしたにもうひとつの顔が浮かんだ。頭ひとつ分くら
い背が低いだろうか。今度は男である。馳背川「サンボ」現は下北サンデーズで、不細工役を
一手に引き受けるコミックリリーフだった。黒いセルフレームの小太り男は、不機嫌そうにい
う。
「おい、吉田。うちに入団希望者がやってくるなんて、何年ぶりかな」
キャンディは真剣な顔で返事をした。
「二年ぶりくらいじゃありませんか。あのときは二週間で足抜けされた。くやしかったなあ」
「おまえ、今度は逃げられないように、ちゃんと面倒みろよ」
キャンディは満面の笑みで、ちいさくうなずいた。サンボに囁く。
「もちろんですだ、ご主人さま。おいらのしたにできる久しぶりの奴隷ですから。それはもう
うーんとかわいがってやりますだ」
白いアディダスのジャージを着たキャンディ吉田がドアを抜けてきた。にこにこと笑ってゆ
いかにいう。
「里中さん、もうすぐ座長がくるから、稽古場にあがって待っていてね」
ゆいかが両手でさげていたトランクを軽々とつかんで、キャンディが先に立った。稽古場は
三十畳ほどあるだろうか。板張りの床は傷だらけである。下北サンデーズの劇団員がばらばら
にストレッチをしていた。メガネをかけた紺のプーマのジャージは、最近よその劇団に脚本を
書いている寺島玲子だった。

(本文P.8〜11より引用)



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