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 無痛
著者
久坂部羊/著
出版社
幻冬舎
定価
税込価格 1,890円
第一刷発行
2006/04
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ISBN 4-344-01158-9

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見ただけで症状がわかる二人の天才医師と、「痛み」がまったくない男……。
 

本の要約

見るだけですぐに症状がわかる二人の天才医師、「痛み」の感覚をまったく持たない男、別れた妻を執拗に追い回すストーカー、殺人容疑のまま施設を脱走した十四歳少女、そして刑事たちに立ちはだかる刑法39条―。神戸市内の閑静な住宅地で、これ以上ありえないほど凄惨な一家四人残虐殺害事件が起こった。凶器のハンマー他、Sサイズの帽子、LLサイズの靴痕跡など多くの遺留品があるにもかかわらず、捜査本部は具体的な犯人像を絞り込むことができなかった。そして八カ月後、精神障害児童施設に収容されている十四歳の少女が、あの事件の犯人は自分だと告白した、が…。



オススメな本 内容抜粋

序章

その家は、神戸港を一望できる坂道の上にあった。
模造レンガの門柱に、アラベスク調の白い門扉がつけられ、同じデザインの鉄柵が狭い庭を囲っ
ている。家の壁はクリーム色で、絵付けをしたマジョルカタイルがはめこまれ、オレンジ色の丸瓦
をのせた屋根は、いかにも南欧風だ。庭にはミニウッドデッキがあり、ムーミンの人形や寄せ植え
のゴールドクレストなどでかわいらしく飾られている。玄関の横にはカラフルな三輪車が置かれ、
砂場遊び用の小さなバケツやスコップもあった。
周囲は閑静な住宅街で、古い日本家屋も残っている。山側には自然林があり、早朝にはモズやホ
オジロが暗く。坂道を少し下ったところには教会があり、毎朝六時に鐘を鳴らすのも神戸らしい。
七時を過ぎると、さらに下った市道山麓線を路線バスが行き来し、ローギアのエンジン音が空気を
震わす。車で出勤する人、子どもを送り出す母親、家の前に落ちた葉を掃く老人もいる。そうやっ
て、家々は一日の生活に目覚めていく。
しかし、この家だけは、深夜から十時間以上、完全な静寂に包まれていた。寒い季節だから、ハ

エの羽音さえしなかった。時間はただ無為に流れ、沈黙を破る者はなかった、今にも霙が降りだし
そうな空模様の二月七日、午後二時四十分、第一発見者が、我を忘れて悲鳴をあげるまでは。
四人の被害者は、リビングルームの北側の壁に、足をのばしてもたれかかるように並べられてい
た。真ん中に妻、向かって右側に夫、左側に幼い二人の子ども。いずれも鈍器で撲殺されたのは明
らかだった。妻が中心に見えるのは、彼女だけが比較的しっかりと壁にもたれていたからだ。
妻と夫の顔はガムテープでぐるぐる巻きにされ、一見してだれかわからないようになっていた。
右側の夫は紺色のパジャマ姿で、首を前に垂れ、陥没した後頭部を正面に向けていた。ガムテープ
は顔全体を覆っているが、テープの上に血の流れた痕はない。すなわち、テープは被害者の死後、
出血が止まってから巻かれたものだ。パジャマの上着はボタンが取れ、前がはだけた状態になって
いる。ズボンに乱れはないが、失禁のために濡れた痕があった。
妻は壁に頭をもたせかけ、わずかに顔を左に向けていた。傷害を受けたのは前頭部から左側にか
けてで、頭の変形はガムテープの上からも見て取れた。テープは出血している状態で巻かれたらし
く、剥がれたり襲になっているところもある。鼻と顎に粘液が垂れているのも、生活反応があるう
ちに巻かれた証拠だ。
彼女は白いネグリジェを着ており、ボタンは上まできっちり掛けられていた。両手は腹部で組み
合わされていて、犯人がわざとそのポーズをとらせた可能性が高い。足は自然に開いているが、乱
暴された形跡はない。
妻の左側には、幼い娘と息子が母親に寄り添うように並べられていた。子どもの顔にはガムテー
プは巻かれていない。娘は頭頂部に強い一撃を受けたらしく、皮膚がめくれて骨が露出していた。
その割れ目から、頭蓋骨の空間が見える。しかし、表情は安らかで、痛みも苦しみも感じずに眠っ
ているようだ。
息子はまだ骨も薄く、殴打の衝撃で頭の一部が吹き飛ばされたように変形していた。骨の割れ目
には白っぽい肉が付着しているが、出血は少ない。目は半開きで、口は「お」の発音の形に開いて
いる。
犯人が殺害現場から遺体を移動させたのは明らかだった。リビングの絨毯に遺体を引きずった痕
があり、二階の子ども部屋と廊下にも血痕があった。犯人はなぜそんなことをしたのか。狩猟家が
するように、獲物を並べて狩りの成果を誇示したかったのか。
被害者の身元はすぐに割れた。男性はこの家の主人・石川昭次、三十七歳。女性は妻・彰子、三
十三歳。子どもは五歳の長女・舞と、三歳の長男・公平だった。石川は灘区西浜町の市立日野小学
校の教諭である。
第一発見者は、近所に住む石川の妹・雅美で、いつも幼稚園の送迎バス乗り場で彰子と顔を合わ
せるのに、この日、彰子と舞が来なかったので、幼稚園の帰りにようすを見に来たのだった。舞が
通う明鷹幼稚園は、地元では有名な「お受験幼稚園」である。雅美は石川家の静寂に異変を感じ、
娘を外に待たせたまま、門からそっと庭にまわった。開けっ放しの掃き出し窓から遺体の一部を見
て、半狂乱になりながらケータイから一一〇番通報したのである。
…機捜隊のパトカーが到着したとき、雅美母子は隣接する青空駐車場の隅で、抱き合って震えてい
た。犯人がまだ近くにいるかもしれないという恐怖で、身動きができなかったのだ。機捜隊員が二
人を保護し、周辺に立入禁止のテープを張って現場一帯を保全した。

(本文P. 5〜7より引用)




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