「もたっとるやんけ．あかん、あかん！！何年わし
とバンドやっとんのや．チケット売りとナンパは日
本一やけどドラムだけは、どうもならんなあ」
京都は五条のはずれ．学生時代からもう何度も通
いつめたせまい楽器店の奥の、まるで下宿屋の一室
のような雑然としたボロスタジオの中に太一の声が
響き渡る。
「おーし．一時休憩にしようや」
一ほんまにこいつらＢ.Ｂ.Ｂ.はド下手なバンドや．で
も、俺はこいつらのリーダーであり、何より京都学
院大学創設以来、初のデビューを飾るプロフェッショ
ナル達のボスなんや─太一は外へ煙草を吸いに出る
と、煙と溜息とを一緒に深く吐き出し、ひとりごち
た。
今西太一、２４歳。周りは皆、社会人として意気揚々
と飛び回っている年齢だ．アマチュアバンドの世界
に居座るには、ちょつと歳を食いすぎである。実は
太ーも大学卒業後に地元の製薬会社に営業マンとし
て入社していた。しかし、物心がついて以来、ずーっ
とやんちゃのしどおしで、おまけに高校生の頃には、
地元では知らない者がいない程の札付きとなり、−
時はプロの方々（その筋の、である）からのスカウ
トもあったという太ー少年。
心機ー転、不良の過去を清算すべく、生まれ故郷
を離れ、京都の山の中の新興大学へともぐりこんだ。
ところが今度はバンド三昧。お気楽極楽の四年間は
あっという間に過ぎた．
できる事ならずーっとこのぬるま湯にひたってい
たいと思ったものの、ここまで馬鹿息子の無理を聞
いてくれた親の手前もある。ここはひとつ『わしも
会社にまぜてください』と、大好きな天才バカボン
のノリで社会人になるのもわるかあない。
とはいえ、学校と名のつく所に通算１６年も通いな
がら勉強だけは大の苦手だった太一にとって『入社
試験』なる人生最大のテストは、あまりにも荷が重
い。やはり人間たるものコネクションが一番！とば
かり、ありとあらゆるコネを駆使してもぐりこんだ
のが、大山製薬の営業部であった．
一流製薬会社とはいえ、営業といえば、どんな会
社であろうと地道にコツコツ自社製品を売り歩くこ
とにはかわりはない。おまけに相手は病院の医者や
薬局のオーナー達。そう一筋縄ではいかない強者達
である。生まれてこのかたスチャラカ人生を送って
きた太一が、簡単に説得できるような相手じゃない．
当然、日々の外回りは苦痛以外の何ものでもなく、
全く売り上げの上がらない馬鹿社員のレッテルを貼
られるのに三ヶ月もかからなかった。
「鳴呼、誰にも俺様のような詩人の苦痛は癒せない
…」などとボヤいてみても埒があくわけもない。だ
が一つだけ苦痛を和らげる具体的な方法があった。
営業上取り扱っているカタログの中、医師の処方せ
んが必要な劇薬扱いの鎮痛剤、麻薬の山。
太一君、何も迷わず禁断の薬をポリ、ポリ、ポリ…。
たちまち体内にみなぎる宇宙パワー（？）…そ
う、俺こそは全知全能の神だ。ミューズに魅入られ
た天才バカボンだ。こんな労働力の切り売りに身を
やつしてる場合じゃねえ！ーと、ばかりに営業部長
の所へ飛び込み一席．
「フヒョー、アラシニアウメガアリアリアリルレロー、
ラリオー」
真昼間に目を充血させ、よだれを流しながら訳の
分からない事をわめくような営業マンが会社にとっ
て必要か否か？