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 ナラタージュ
著者
島本理生/著
出版社
角川書店
定価
税込価格 1400円
第一刷発行
2005/02
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ISBN 4-04-873590-X
 
壊れるまでに張りつめた気持ち。ごまかすことも、そらすこともできない―二十歳の恋。これからもずっと同じ痛みを繰り返し、その苦しさと引き換えに帰ることができるのだろう。あの薄暗かった雨の廊下に。野間文芸新人賞を最年少で受賞した若手実力派による初の書き下ろし長編。
 
ナラタージュ 島本理生/著

本の要約

お願いだから、私を壊して―。大学2年の春、高校の演劇部の葉山先生から泉に電話がかかってきた。高校時代、片思いをしていた先生からの電話に、泉は思わずときめく。だが、先生の過去には大きな秘密があった・・・。野間文芸新人賞を最年少で受賞した現役大学生作家が瑞々しい感性で恋愛小説の真髄に挑んだ初の書き下ろし、渾身の700枚!小川洋子さんも絶賛の、今年度もっとも情熱的な恋愛小説!!



オススメな本 内容抜粋

まだ少し風の冷たい春の夜、仕事の後で合鍵と巻き尺をジャケットに入れ、もうじき結婚する 男性と一緒に新居を見に行った。
マンションまでの道は長い川がずっと続いている。
川べりの道を二人で並んで歩いた。
流れていく水面に落ちた月明かりは真っ白に輝く糸のようにどこまでも伸びていて、水の行く 先を映していた。
靴の先で細かな砂利を蹴りながら、真っ正面から風の吹き抜けてくる、広々とした暗闇の先に 目を向けていた。
時折、漏れる会話は他愛ないものばかりだった。
私たちは仲が良かった。
「ずっと、川のそばに住みたかったの」 私がそう漏らすと、彼は軽く相槌を打った。
「水辺の近くが好きなんだって、たしか前にも聞いたよ」
「水の上にはなにもないから。 視界が広くて良いでしょう。 高校生のときには近くの川沿いの道 が好きで、よく歩いた」 そのとき、彼が私に訊いた。
「君は今でも俺と一緒にいるときに、あの人のことを思い出しているのか」 以前からずっと用意していたのをようやく棚の奥からそっと出してきたような尋ね方だった。
「そんなふうに見える?」 「見えるよ。
君に彼の話を聞いた夜から、俺は君を見ていてずっと思っていた」 「それならどうして私と結婚しようと思ったの」 足元でまだ生まれたばかりの雑草がかさかさと揺れている。
ふと立ち止まって、風の吹くほう に導かれたように川のほうを見た。
水の中から立ち上がってくる匂いは、胃の奥まで突っつかれ るような死んで腐った生き物に似た気配を抱いている。
軽く息を止めながら顔を上げると、川に 切り分けられた遠い対岸では巨大な高速道路の上を、ゆっくりと右から左にテールライトの群れ が移動していく。
視界が広すぎて、時間の感覚が曖昧になる。
過去と未来が混ざる。
広い川べり では記憶がほんの数秒前の現実のように思い起こされる。
じっと立ちすくむように川を見ていると、ふいに、となりで黙っていた彼が口を開いた。
「きっと君は、この先、誰と一緒にいてもその人のことを思い出すだろう。
だったら、君といる のが自分でもいいと思ったんだ」 今でも呼吸するように思い出す。
季節が変わるたび、一緒に歩いた風景や空気を、すれ違う男 性に似た面影を探している。
それは未練とは少し違う、むしろ穏やかに彼を遠ざけているための 作業だ。
記憶の中に留め、それを過去だと意識することで現実から切り離している。
正直なところ、そうでもしないと私は今でも彼に触れた夜を昨日のことのように感じてしまう のだ。
だけど実際は二人がまた顔を合わせることはおそらく一生ないだろう。
私と彼の人生は完全に 分かれ、ふたたび交差する可能性はおそらくゼロに近い。


(本文P. 3〜5より引用)



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