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 黄昏に歌え My songs my stories
著者
なかにし礼 /著
出版社
朝日新聞社
定価
税込価格 1890円
第一刷発行
2005/03
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ISBN 4-02-250011-5
 
自伝的三部作、ここに完結!!
 

本の要約

歌は、いかにして詩人の魂に舞い降りるのか?美空ひばりのレコーディング風景、石原裕次郎との運命的な出遭い、美輪明宏が歌うシャンソンの魔力―なかにし礼という作詩家の軌跡=奇跡を、昭和史に残るスターたちとの交流から赤裸々に小説化した、なかにし版『ファウスト』の誕生!『兄弟』『赤い月』に並ぶ自伝的三部作、ここに完結!!



オススメな本 内容抜粋

歌のないこの世を想像してみたまえ。
なんという殺伐たる風景だろう


さて、みなさん……。
ここで咳払いを一つして、白髪頭の小説家は問いかけます。
みなさんは、歌について考えたことがありますか。
なにを言い出すかと思ったら、そんなことか、とみなさんは言いたげですね。
歌って、いわゆる、あの歌のことかい?
みなさんの視線に耐えつつ、小説家はもう一つ空咳をして自分を鼓舞し、言葉をつづけます。
そうです。
あの歌です。
蝶のように空中を飛び交い、人の耳の穴から忍び込み、そして心まで降りていってそこに棲みつき、卵を産み、育て、再び人の口から空中へと舞い出る、あの姿なき蝶のことです。
ふーん、それがどうしたんだい。
まあ、聞いてください。

私がいう歌とは、歌謡曲、演歌、唱歌、浮情歌、軍歌、童謡、子守歌、わらべ唄、民謡、浪曲、謡曲、長唄、義太夫その他の邦楽、カントリーソング、シャンソン、タンゴ、カンツォーネ、ジャズ、ミュージカル・ナンバー、ファド、サンバ、ボサノバ、パンソリ、歌曲、聖歌、ゴスペル、オペラ、オペレッタのアリア……ありとあらゆる国のあらゆる種類の歌のことです。
敷島の道である和歌も、また俳句や連歌も、新体詩も、たぶん根は同じでしょうが、それらについては山ほどの研究がなされているので、この際脇に置くとして、ここでいう歌とは、言葉と音楽が合体したもの、節つまりメロディに乗せて言葉を歌うもののことです。
そういう歌というものについて考えをめぐらせたことがおありですか、とまあ、訊いているわけです。
なあんだ、たかが歌ぐらいのことで、ずいぶん大袈裟な、という声が聞こえます。
ここでまた、かつてヒット・メーカーの作詩家だった小説家は白髪頭を揺すって、咳払いを一つするのでした。
人は生きるのに忙しく、歌について思いをめぐらす暇などないことを常日頃から知っているのに、なぜこんな質問をしてしまったのだろうかと思うゆえでした。
しかし、小説家はことさら胸を張って言葉をつづけます。
人間に限らず、生きとし生けるものの中で、歌の嫌いな生き物はおそらくいないだろう。
なのになぜか、歌について真面目に研究する人はいない。
その理由はたぶん、歌は世につれ世は歌につれ、などといって、現象としての歌を論ずることはいかようにでも可能であるが、その歌が誕生する神秘については誰一人語ることができない、とすべての人が暗黙の了解をしているからではないだろうか。
が、理由はまだある。
人はみな、愛しいと思いつつも、心の奥底で、歌に恐れを抱いてはいないだろうか。
あまりに弱味を握られているがために、歌を忌まわしいやつだと思っている。
歌を遠ざけている。
歌を野卑なやつだと軽蔑している。
日常生活には必要ないものだと決めつけている。
歌によって救われたことは、かぞえきれないほどあったであろうに、だ。
歌のないこの世を想像してみたまえ。なんという殺伐たる風景だろう。
「歌は英語でエアー、フランス語でエール、イタリア語でアリア、ドイツ語でアーリア、ポルトガル語でアリア。つまり空気のことたい。歌は目に見えない精霊のごたるもんたい」と私は小説『長崎ぶらぶら節』の中に書いたが、歌は空気と同じく、人間にとって必要不可欠なものかもしれない。
私は……。
ちょっともったいをつけて、眼鏡の位置を直し、遠くを見る。
作詩、訳詩合わせて約四千曲の歌を書いた。
そのうちヒット曲は約三百、ミリオンセラーは約三十曲、未だにカラオケで歌われている歌は百曲ぐらいはあるだろう。
『知りたくないの』『天使の誘惑』『恋のフーガ』『花の首飾り』『港町ブルース』『愛のさざなみ』『あなたならどうする』『エメラルドの伝説』『人形の家』『恋の奴隷』『ドリフのズンドコ節』『手紙』『別れの朝』『今日でお別れ』『グツド・バイ・マイ・ラブ』『心のこり』『石狩挽歌』

し』『風の盆恋歌』……。

オリコン年間ベスト一〇〇のうち、私の作詩した歌が一九六八年には二十七曲、六九年には二十六曲、七〇年には三十四曲もあった。
自分の書いた歌がヒットすることの幸運と歓びを人一倍知っているはずの私は思う。
果たしてあれらの歌は、私が本当に書いたものなのだろうか、と。
ペンを握り、それを走らせていたのは確かに私ではあったが、私は誰かによって書かされていたのではなかったか。
詩はむこうからやってくる、と言ったのはクマのプーさんだが、ヒット曲という歌はどこからやってくるのだろうか。
いったい歌はどんな道筋を通って、天から詩人の魂に降りてくるのだろう。
旧約聖書『箴言』に意味深い言葉がある。

「わたしにとって不思議にたえないことが三つある、いや、四つあって、わたしには悟ることができない。すなわち空を飛ぶはげたかの道、岩の上を這うへびの道、海をはしる舟の道、男の女にあう道がそれである」(第三十章)
ここにもう一つ、
「歌のこの世に生まれ出ずる道」
というのを加えてもいいのではないだろうか。
歌、この不思議なるもの。
さて、みなさん…。

この『黄昏に歌え』という小説は、九つのエピソードからなる、その不思議の道をたどる旅である。

 

(本文P. 6〜11より引用)



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