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 長恨歌 不夜城 完結編
著者
馳星周 /著
出版社
角川書店
定価
税込価格 1680円
第一刷発行
2004/11
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ISBN 4-04-873576-4
 
「不夜城」三部作、ここに完結!
 
長恨歌 不夜城 完結編 馳星周/著

本の要約
『劉健一を殺さなければならない・・・』アジア屈指の大歓楽街=新宿歌舞伎町。ここを牛耳る中国系裏社会の均衡が崩れ、街は再び不穏な空気に包まれる。血塗られた憎悪の連鎖に終止符を打つのは誰か!?永遠の闇の淵へ衝撃の終幕!!

新宿歌舞伎町の中国裏社会で生きる武基裕(ウージイユー)。彼は残留孤児二世として中国から日本にやってきた。だが、その戸籍は中国で改竄された偽物だった。
ある日、武の所属する東北人グループのボス韓豪(ハンハオ)が、日本のやくざ東明会との交渉の席で、バイクで乗り付けたふたり組に銃殺される事件が起こった。武は、裏で取引する麻薬取締官、矢島茂雄に脅され、揺頭の利権争いが絡むこの事件を調べることになり、歌舞伎町の中国人社会に詳しいと評判の情報屋、劉健一(リウジェンイー)のもとへと足を運ぶ。そこから武の運命は劇的な加速を始める――錦糸町で豪遊する謎の男、故郷に置き去りにした幼馴染み藍文慈(ランブンツー)との再会、矢島の謎の転落死……。
全ては劉健一が仕組んだ周到なシナリオの序章にすぎなかった――。

劉健一、楊偉民、徐鋭らが辿る運命と、衝撃のラスト。

長恨歌:中国、唐代の長編叙事詩。白居易作。806年完成。唐の玄宗皇帝と楊貴妃の恋愛を描く。日本でも古くから愛誦(あいしよう)され、源氏物語を初め日本文学に大きな影響を与えた

 



オススメな本 内容抜粋

楊偉民は窓の外を眺めた。
分厚い雲に.覆われた空の下に朱雀門が見える。
歌舞伎町から古い親戚を訪ねて横浜にやって来て以来、空はいつもぐずついている。
天と地との境目が曖味になっている。
中古マンションの部屋から見おろす中華街の光景も、どこかくすんだままだった。
「健一のやつめ……」
台湾の言葉でひとりごち、窓を離れて粗末なリビングセットに腰をおろした。
春にしては気温が低い。
古いエアコンはがたがた震えるだけで部屋の空気はなかなか暖まらない。固い椅子と寒さのせいで神経痛が出る。
楊偉民は目を閉じて痛みに耐えた。
なんの前触れもなしに訪れた楊偉民に、親戚が用意してくれた部屋だった。
調度に文句をいえる筋合いではない。
「健一め……」
楊偉民はもう一度哺くようにいい、電話に手を伸ばした。
「わたしだ」北京語で送話口に語りかける。
「いつまで待たせるつもりだ?」
相手の言葉に耳を傾けながら、楊偉民は目を細めた。
目を閉じてはいけない。
目を閉じると、瞼に劉健一の横顔が浮かぶ。
そうすると血圧があがり、心臓が不整脈を打ちはじめる。
年老いた肉体に、目も眩むような怒りは禁物だった。怒りや憎しみをうまく飼い慣らす方法は熟知している。
そうやって、歌舞伎町で生き抜いてきた。
歌舞伎町は異郷であり、故郷でもあった。
人生の大半を歌舞伎町で過ごし、喜びも悲しみも憎しみも、あの街と分かち合ってきた。その歌舞伎町も今では遠い彼方にある。なにもかもが劉健一のせいだった。
楊偉民は小さく頭を振った。怒りを鎮めようとしているのに、脳細胞が反乱を起こす。
年のせいだ。
年を取り、思考が曖昧になり、劉健一に足下をすくわれた。
相手の言葉が途切れた。
「三日後で間違いないんだな?」
念を押すと、肯定の返事がかえってきた。
「それで、わたしがおまえに預けた金は全部でいくらになるんだ?」
三億円i相手はいった。楊偉民は吐息を漏らした。
想像していたよりは少ない。
かといって少なすぎるわけでもない。
「そうか。ならば、三日後、その三億をきっちり用意しておいてくれ。例のものを持ってそっちに行く」
楊偉民は電話を切った。くすんだグレイのジャケットの内ポケットに手を突っ込み、半分に切り裂かれた古い一万円札をつまみ出した。
今の紙幣に切り替わる前の、聖徳太子が印刷された一万円札だった。札は激ひとつないがい中央から乱暴に引き裂かれていた。
割符だ。
歌舞伎町で稼いできた金を預けているのは戦後の華僑が頼っていた地下銀行だった。
八十年代に入ってから雨後の筍のように現れた流眠は相手にせず、昔ながらの華僑を相手に地道にやってきた地下銀行だ。
サインも印鑑も信用せず、取り引きをはじめるときにピン札の一万円を半分に引きちぎり、それを割符にして取り引きに応じてきた。
しかし、それも先代までの話で、跡を継いだ息子は年寄りだけを相手にしていたのでは商売にならないと派手に顧客を増やしている。
それに、楊偉民の持っている割符はその地下銀行から渡されたものでもない。
三億。
歌舞伎町でかつての地位を取り戻そうとするには少なすぎる。
上海や北京のがめつい流眠たちは三億程度の金では満足しないだろう。
それどころか、金を巻きあげられた挙げ句に殺されるのがおちだ。
歌舞伎町は諦めるしかない。
しかし、現金の他に、この割符があれば話は違ってくる。
かつての威光は消え失せたが、それでもこの割符が持つ力は劉健一に打撃を与えることができるだろう。
「健一め……」
楊偉民は一万円札の割符を指先で弄んだ。
電話が鳴った。楊偉民は顔をしかめながら電話に出た。
「爺々?」
若い女の声が楊偉民を「お爺ちゃん」と呼んだ。
親戚の孫娘だった。
名前は麗美だ。
日本語で
「れいみ」と呼び、北京語で「リーメイ」と呼ぶ。どちらでも不都合がないようにと両親がつけた名前だが、麗美自身は北京語もろくに話せず、地元の日本人の不良たちと付き合って、一族の頭痛の種になっている。
「どうしたんだね、麗美?」
楊偉民は日本語で訊いた。
「パパが爺々のところに食事を持っていけって。今から上がっていくよ」
「おまえが食事を運んでくれるのか。珍しいこともあるものだな」
「今日、暇しててさ。家でぶらぶらしてたらパパにたまには働けって怒られちゃった」
楊偉民は声を出さずに笑った。麗美の嘘を指摘するのも馬鹿らしい。
どうせ、食事を運ぶことを口実に、小遣いをせびる腹づもりなのだ。

 

(本文P. 3〜5より引用)



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