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 血と骨 上
著者
梁石日/〔著〕
出版社
幻冬舎文庫
定価
税込価格 680円
第一刷発行
2001/04
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ISBN 4-344-40105-0
 
映画化 崔洋一監督、梁石日原作、ビートたけし、鈴木京香出演。   強烈な個性を持った父親を中心とした在日一家の戦後史。 昭和の生活のディテールを見事に再現
 
血と骨

本の要約

一九三〇年頃、大阪の蒲鉾工場で働く金俊平は、その巨漢と凶暴さで極道からも恐れられていた。女郎の八重を身請けした金俊平は彼女に逃げられ、自棄になり、職場もかわる。さらに飲み屋を営む子連れの英姫を凌辱し、強引に結婚し…。実在の父親をモデルにしたひとりの業深き男の激烈な死闘と数奇な運命を描く衝激のベストセラー。山本周五郎賞受賞作。



オススメな本 内容抜粋

「みんな起きろ!いつまで寝てる気や。仕事やぞ」
職長の田辺治郎は午後二時になると、大部屋に寝ている住み込みの職人たちを起こすのが日課になっていた。
いつものことだが、起きようとしない職人たちを二度、三度、大声を張りあげて起こさねばならない。
それでも起きないときは布団をまくり上げて職人たちを蹴飛ばした。
工場の二階の八畳の部屋には六人の職人が住み込んでいる。
酒に酔い潰れて泥だらけの服を着たまま寝込んでいる者もいれば、喧嘩をして血だらけになった顔を手当てもせずに寝ている者もいる。
一カ月以上、銭湯に行っていない根本信高は全身からすえたような臭いを発散させていた。
綿のはみだした布団は撫と垢と脂肪にまみれて襟のあたりが黒光りしている。
そのうえ一年以上も布団を上げたことがなく、掃除もしない部屋はゴミや一升瓶やぼろ切れのようになった下着類が散乱していて、豚小屋よりひどい状態だった。
天井の四隅や押し入れの中には蜘蛛の巣が張りめぐらされ、冬だというのにゴキブリが這っていた。
柱と壁の隙間を職人たちの血を吸ってまるまると太った南京虫の大群が行進している。
蚤が愉快に跳ね回り、狂騒的な宴に興じている。
田辺職長に二度、三度起こされた職人たちはようやく重い体をもたげると、寝呆けまなこをこすってまるで鎖につながれた囚人みたいにぞろぞろと階段を降りて工場の奥の便所へ行く。
ここでも順番待ちしている職人たちの間でひと悶着起きる。
便所に入ってなかなか出てこない新井健二に二日酔いの野口嘉之が、「はよ出んかい。何さらしてるんじゃ」
とがなりたてている。
「痔や。ケツが痛うて、たまらん。もうちょっと待ってくれ」
新井は苦痛に耐えかねるような声で答える。
その苦痛に耐えかねる声が、あのときの呻き声のように聞こえるのだった。
「せんずりかいてんのとちがうのか。ええかげんにさらせ、このアホ」
我慢しきれなくなった野口は溝に向かって放尿を始めた。
野口の馬のような放尿は溝を伝って台所へと流れていく。
いましも職人たちの食事の用意をしている台所に、魚のあらを煮込んでいる匂いと尿の匂いの混淆したなんともいえない悪臭が漂うのだった。
「また溝に小便してるのかいな。ええかげんにしいや。臭うておられへんわ」
毎度のことだが、たまりかねた賄い婦の高橋京子は大きな鍋で煮込んでいる魚のあらをかきまぜていた長い杓を持ったまま便所にやってきて言った。
「新井のガキが悪いんじゃ。あいつがなかなか出てこんさかい、こないなるんや。文句あったら、あいつに言うてくれ」
と野口は新井に責任転嫁して、長々と気持ちよさそうに放尿していた。
洗顔する者もいれば洗顔しない者もいる。
西村富正が大きな欠伸をして体を後ろにそらせて背伸びした。
まだ眠気から醒めないみんなは、しかしのろのろと仕事にかかる仕度をした。
ゴムの長靴をはき、一カ月に一度、洗うか洗わないかのような汚い前掛けをして包丁を握って俎板の前に立った。
厚さ三十センチ、幅ニメートル、長さ四メートルもある一枚板の大き
な姐板である。
その姐板の上に箱詰めにされている甘鯛をぶちまけ、十人の職人たちが、そのはらわたを手際よく処理していく。
「東邦産業」には十二人の職人がいる。
そのうち六人が住み込みで、六人が通勤していた。
工場へ一番最初に出てくるのは経営者の野尻栄吉であった。
温厚な性格の野尻社長は工場へ来ると一人黙々と仕事をする。
経営者自らが率先して現場の仕事を文旬もいわずに黙々とこなすことで、職人たちも否応なしに動かざるを得ない雰囲気をつくりだしていた。

(本文P. 5〜7より引用)



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