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 混沌 新・金融腐蝕列島 上
著者
高杉良/著
出版社
講談社
定価
税込価格 1785円
第一刷発行
2004/07
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ISBN 4-06-212520-X
 
権力闘争にあけくれ、再編の波に乗り遅れた協立銀行。トップ・バンクの自負が揺らぎかけたとき、経営陣はなりふり構わず堤携相手を探し始め、すでに進行していた中位行同士の「統合プラン」に強引に割り込んでいく。エゴ、野心、歪んだプライド。そして保身。三行の銀行マンたちが牙を剥きだすなか、特命を受けた広報部長・竹中の必死の工作が始まる 。
 

本の要約

「三大銀行合併」めぐる大迷走を描いた、金融小説の最高峰!再編に出遅れた大銀行が飛びついた「メガバンク構想」。それは野心と焦燥が作り上げた「砂上の楼閣」だったのか。 権力闘争にあけくれ、再編の波に乗り遅れた協立銀行。トップ・バンクの自負が揺らぎかけたとき、経営陣はなりふり構わず提携相手を探し始め、すでに進行していた中位行同士の「統合プラン」に強引に割り込んでいく。エゴ、野心、歪んだプライド。そして保身。三行の銀行マンたちが牙を剥きだすなか、特命を受けた広報部長・竹中の必死の工作が始まる! 経済小説の第一人者が描く金融エンタテインメント長編。。



オススメな本 内容抜粋

第一章再会

1

夜七時過ぎの渋谷駅周辺の人混みは、凄まじい。
駅へ向かう者も、駅から吐き出されてきた人々も、交差点や歩道をまっすぐ歩くことは至難である。
竹中治夫は東急本店通りを身をよじりながら斜交いに縫うように歩いていたが、肩や腕を何度ぶつけられたか分からなかった。
ウォーキングシューズの踵を二度もふんずけられた。
きょうは一九九九(平成十一)年七月十日、土曜日だが、低い雲がたれこめた梅雨空で、蒸し風呂のような蒸し暑さだ。
抱えたジャケットが、汗でべとべとしていた。
半袖のスポーツシャツ姿だが、タオル地のハンカチがぐっしょり濡れていた。
目指す“シノワ”は、消費者金融の看板がやたら目につくビルの最上階にあった。
竹中にとって初めての店なので、けっこう探したが、八階フロアだけは、ざわざわした周囲の喧騒とはかけ離れた別世界で、しっとりと落着いたたたずまいだった。
大学時代の友人で、大手広告代理店局長職の木川康夫が電話をかけてきたのは三週間ほども前のことだ。
「渋谷の“109”の近くに、“シノワ”っていう高級ワインを飲ませる店があるのを知ってるか」
「いや、知らない」
「毎週土曜日はワインの試飲会みたいなことをやってるが、十日は、八五年物のボルドー五大シャトーなんだ。七〇tずつ五杯飲めて、二万三千二百円。料理は別料金だがリーズナブルだろう。協立銀行さんには、お世話になってるから、たまには一席もたせてくれよ」
料金まで話すところは、いかにも広告代理店の幹部らしい。直裁すぎるというか、慎みを欠くというべきか。
竹中は、大手都銀の行員もさして変らない、似たようなものだ、と思って苦笑を洩らした。
「土曜日にわざわざ出かけるのも億劫だなあ」
「そう言うなって。京王線の上北沢から三十分で来れるよ。俺は渋谷のマンションだから十分もかからない。俺はすっかりやみつきになったよ。実を言うと女房と一緒に行くつもりで、ブッキングしておいたんだが、急にイタリアヘツアー旅行で出かけることになっちゃったんだ。ワイン会の定員は十名だが、静かにじっくり旨いワインを味わうのも悪くないぞ」
学生時代から口の回る男だったが、木川は静かにじっくりワインを賞味するようなタイプとは思えなかった。
「な。つきあえよ」
「分かった。何時に行けばいいんだ」
「六時に五種類のワインをすべてデキャンタージュするから、七時でどうだ。”シノワ“の地図と案内状を竹中の自宅にFAXするからな」
デキャンタージュとは、ワインボトルの栓を抜いて、フラスコ状のガラス容器にワインを移すことだ。
竹中は、大手都銀、協立銀行の広報部長だ。
単身赴任で梅田駅前支店長を一年ほど務めたが、一月五日付で東京本部に呼び戻され、広報部長に抜擢された。
協銀の広報部長は取締役ポストだが、昭和四十九年入行組の竹中はまだ平部長だ。
ただ、同期の一選抜中の一選抜に躍り出たという実感めいたものはあった。
前任ポストで、貸し渋り、貸し剥がしに明け暮れていたことが、嘘みたいだ。遠い昔のように
も思える。
広報部は、PR・IR(investorsrelationsP投資家向け広報活動)部門も有しているので、木川のような広告代理店の幹部と会食したり、ゴルフにつきあうこともままあった。木川とは早大法学部時代のクラスメートの誼みで、広報部長に就いてから、つきあいが多くなった。

八階でエレベーターを降りると、小さなビルなので、フロア全体が“シノワ”だった。天井が高く、店内に階段がしつらえてあり、一部二階席がある。
黒いスーツ姿に蝶ネクタイの若い女性が竹中を迎え、木川の待つテーブルに案内してくれた。
時刻は午後七時十分。時計を見ながら、木川が起立した。
「やあ。お呼び立てしまして」
「お待たせして申し訳ない」
竹中は苦味走った顔をせいいっぱい和ませて、遅刻を詫びた。
木川は中肉中背だが、下腹がせり出している。鯉の張った四角い顔だが、笑うと細いたれ目が一本の糸になった。
二人は握手してから、背凭れの高い椅子に坐った。
「めったに飲めない高級ワインにありつけるのは悪くないが、この店に来るまで小一時間かかったよ。
電車の間が悪かったのと、渋谷の人出がこんなに多いとはびっくりした。場所が分かりにくいしねえ」
「でも、店の雰囲気はいいだろう」
「通りのけばけばしい看板がなければもっといいのにねえ」
オーナー兼ソムリエの中年男が挨拶がてら、料理の注文を聞きにきた。
「ようこそ、お出でくださいました」
「こちら、協立銀行広報部長の竹中君。大学時代からの親友なんだ。オーナーの江藤さん」
学生時代も就職してからも、木川とのつきあいはほとんどなかった。
しかし、親友としか言いようがないのだろう。
江藤は名刺を出したが、竹中は名刺入れを持ってこなかった。
「江藤と申します。よろしくお願いします。木川さまにはごひいきしていただいております」
「家がすぐ近くだし、“シノワ”には美味しいワインがたくさんあるからなあ」
「竹中です。名刺を持ち合わせず、失礼します」
竹中は中腰で名刺を受け取った。
江藤が引き下がったあとで、竹中は木川が指差したほうに目をやった。
一つ向こうのテーブルで、ワイングラスを五つ並べて、かわるがわる嘗めるようにワインを賞味しているスーツ姿の中年男がいた。一人だけで、料理はなく、パンとチーズだけだった。
「よく来てるよ。相当な通だな」

(本文P. 7〜11より引用)


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