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 アヴェンジャー 上
著者
フレデリック・フォーサイス/著 篠原慎/訳
出版社
角川書店
定価
税込価格 1890円
第一刷発行
2004/08
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ISBN 4-04-791484-3
 
すべては、1995年、ボスニアで一人のアメリカ人青年が殺害されたことから始まった――。
 

本の要約

コードネームは“復讐代理人”!世界中に潜伏する凶悪犯を捜し出し、司法に引き渡す「人狩り」を裏稼業とするベトナム帰還兵。この「戦争の申し子」が世界を“あの日”へと突き落とす!!戦争とテロのすべてを描き切った、フォーサイス8年ぶり、円熟の軍事スリラー!

すべては、1995年、ボスニアで一人のアメリカ人青年が殺害されたことから始まった――。

財界の大物エドモンドは、ボスニアへ向かった孫が消息を絶ったと聞かされる。行方調査を開始して数年、あるセルビア人に虐殺されたと判明するや、エドモンドは第二次大戦時の戦友、ルーカス上院議員に一本の電話を入れる。

2001年、弁護士デクスターは模型雑誌に、自分への仕事依頼の広告を見つけた。ヴェトナムで最も過酷な戦闘を潜り抜け、退役後弁護士として活躍していたデクスターは、ある事件を境に、“アヴェンジャー”というコードネームで「人狩り」の裏稼業もやっていた。今回の依頼は、ボスニアで孫を殺した犯人を捜してほしい、というものだった。

CIAの極秘チームは、上院議員からの問い合わせにも拘らず、あるセルビア人の所在を入念に秘匿した。アメリカ人青年虐殺の容疑で行方を追われている男だが、ビン・ラディン逮捕計画のキーマンであるこの男を、その時まで、必ず安全に泳がさなければならない。数年かけて網を張った、決して失敗が許されない作戦なのだ……。そして、アヴェンジャーとCIA捜査員の命運は、男が隠棲する、南米の地でクロスする――

幾本もの運命の糸が、よじれ、もつれながら、2001年9月11日に向けて確実に延びてゆく……。



オススメな本 内容抜粋

プロローグ   殺人
そのアメリカ人の若者は、七回目の反撃を試みて失敗し、ついにどろどろの汚物で満杯になった肥溜めに竿で突かれて沈められ、口といわず鼻といわず体の穴という穴が、えもいわれぬ汚物でいっぽいになって死亡した。
連中は一仕事終えると、殺害に用いた竿をそれぞれ下に置いて草の上にすわり込み、タバコをすいながら談笑した。そのあと、もう一人いた難民救援組織スタッフと六人の孤児をさらに殺害し、難民救援組織のオフ・ード車に乗って、山の向こうへ帰っていった。
一九九五年五月十五日のことである。 

 

第一部

建設作業員


一人で走っていた男は思わず傾斜路に突っ込んでいき、またもや息苦しさに喘いだ。
それは拷問でありセラピーであった。だからこそ挑戦しているのだ。
これはその道に通じている人がよく口にする言葉であるが、トライアス・ンはあらゆる競技のなかで最も苛酷で容赦がない。
同類に十種競技というものがあって、身につけるベき技術はこちらのほうが多く、砲丸投げなどは相当のバカ力が必要であるが、スタミナと、苦しさに打ち克つ精神力の点で、トライアスロンに勝る競技はない。
今、ここニュージャージーで走っている選手は、トレーニング中はいつもそうなのだが、夜明け前に早々と起き出し、目標地点である湖まで軽トラを走らせ、途中の然るべき地点で競技用自転車をおろして、盗まれないようにチェーンで樹木に括りつけた。そして五時二分、手首にク・ノメーター(囎離醐陶講度)をつけ、合成ゴムのウエットスーッの袖口をそれにかぶせて、氷のように冷たい水のなかに入った。
男がトライアス・ソの練習をしているのはオリンピックに出場したいからで、各競技の距離もメートルで測定してあった。まず千五百メートルの水泳だが、なんと一マイルに近い長さである。
それを泳ぎ切ると、すばやく自転車用のシャツと短パンに着替えて競技用自転車に飛び乗り、ハンドルに上体を伏せるような格好で四十キロを走破しなくてはならない。
むろん、最初から最後まで全力疾走を要求される。湖沿いの全コースはスタート地点からゴールまで精確に測定ずみで、湖を泳ぎ渡った向こう側の道路のどこに自転車を置いてあるか、チェーンで結いつけた樹木までちゃんと頭に入っている。
もちろん、四十キロの田舎道の起伏や曲がり具合いまで熟知していて、どこのどの樹木のところに自転車を置いて、足で走り出せばいいかもわかっている。
走破するのは中距離の十キロ。
終盤にさしかかると、とある農家の門柱が見えてくる。
それがゴールまであとニキロという目印である。
この日も男は、その目印を通過した。
あとのニキロは上り坂で、これが最後の正念場。容赦のない上り傾斜が延々とつづく。
自転車走行が非常にきついのは、水泳の場合とは異なる筋肉を使うからである。
水泳選手の肩や胸、腕の強靭な筋肉は、ふつう、自転車競技やマラソンの選手には必要とされない。
それどころか、余計な負担になるだけである。
自転車を漕ぐとぎの脚や腰の動きは、マラソソ選手のリズムや歩調をつくりだす腱や筋肉の動きとはまったく異なっている。
つまり、トライアスロソの各競技の反復するリズムは互いに相容れないものなのである。
にもかかわらず、選手は、そのどれをも必要とする。
そこで無理を承知で、各競技の専門家のパフォーマンスにでぎるだけ近づこうとする。
それゆえ、たとえば二十五歳という若さの人間にとっても、これは実に苛酷な競技となる。
まして五十一歳の身には、捕虜の扱い方を規定したジュネーヴ条約に反する虐待行為に等しいといわざるをえない。
ところが、男は去る一月に五十一歳を迎えたのである。
男は恐るおそる手首の時計にちらりと目をやって、眉根を寄せた。
なんたるタイムだ。
自分のベストタイムに数分も劣っている。男は速力を上げた。
オリンピックに出場する選手の平均タイムは二時間二十分で、今、ニュージャージーを走っている男の目標値は二時間三十分。
すでにそのタイムに達しようとしているのに、あとまだニキロ弱も残っているのだ。
高速30号線の、とあるカーブを曲がったところで、町の民家が見えてぎた。
独立前から存在する古い町ペニソトンは30号線を跨いで左右に広がっている。すぐ近くにニューヨークから延びてきた州間高速道95号線のインターがあるが、この95号線はニュージャージー州を縦断してデラウエア、ペンシルベイニア、ワシソトンD…C.へと延びている。高速30号線はペニントンの町に入ったとたんにメイソ・ストリートという称号を与えられる。
ペニントンは、アメリカで最も等閑視され、過小評価されているこの地域に、それこそ
何百何千とある清潔で屋並みのととのった町の一つにすぎない。町の中心部でまず目につ
くのは、一つしかない西デラウエア通りとメイγ・ストリートの交差点であるが、ほかに
はミサの参列者が非常に多いとされる三つの宗派の教会が幾つかとファースト・ナショナ
ル銀行の支店、それに一握りの商店があるくらいで、住宅は樹木の生い茂る脇道にそって散在している。
十キ・走の走者は交差点へ向かった。残るはあと半キロ。
まだ時間が早いので”ジョーのカップ”なるカフェや“ヴィートーのピッツァ”はまだ開店してないし、たとえ開店していても立ち寄るつもりはなかった。
交差点を南へ渡ると、独立戦争時代に建ったという木造の白い住宅があり、ドアのわきに弁護士キャルヴィン・デクスターという表札がかかっている。そこは走者の住まい兼事務所で、いつもは当然そこにいるのだが、ときたま副業のために留守にすることがある。
依頼人や近所の人たちは、遠くへ釣行するためという口実をそのまま受け容れている。
むろん、彼がニューヨーク市に偽名で小さなアパー卜を所有していることなどまったくご存じない。
彼は疹く脚を叱咤激励して残り五百メートルを走り切り、町の南端にあるチェサピーク通りへの曲がり角に辿り着いた。
その通りにある住まいが、自分に課した苛酷な訓練の終着点でもある。
彼はスピードをゆるめて立ち止まり、立ち木にもたれて顔を仰向け、大きく喘ぐ肺に酸素を送り込んだ。タイムは二時間三十六分。
自己ベストに遥かに及ばない。
たしかに、五十一歳でこのタイムを出せる人間などざらにはいないが、問題はタイムではない。
彼の狙いは、走る姿を笑顔で見送ってくれる近所の人たちにはとてもいえないが、トライアスロンをやって味わう苦痛は、じつをいうと、もう一つ別の苦痛と闘うための手段なのである。
常に心の奥深く巣くって彼を苦しめる痛手、わが子を、愛を、すベてを失った痛手を一時でも忘れたいがために自ら課した試練なのだ。
やがて彼は通りに曲がり込んで、そこからは徒歩で最後の二百メートルを進んだ。
前方で新聞配達の少年が分厚い朝刊の束を玄関先へ放り込むのが見えた。
少年は自転車ですれ違いながら手を振り、それに応えてキャル・デクスターも手を振った。
後刻、スクーターに乗って軽トラを回収しにいかなくてはならない。
そしてスクーターを軽トラの荷台に載せ、途中でレース用の自転車を拾ってから家へ帰ってくるのだ。
その前に何よりもまずシャワーを浴びたかった。
それから高力ロリーのチョコパーとオレンジジュースだ。
玄関前の階段から新聞の束を拾い上げ、それをばらして中身を検めた。予想どおり週一回、特別に配達してもらうニューヨークタイムズが入っていた。分厚い日曜版だ。
それには過去一週間に紙面に登場した名士の消息欄がある。

(本文P. 11〜15より引用)


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