「この夏が終わったら、父さんはもう船に乗らなくなるかもしれないな、クライヴ」ぼくは言った。
「うん、残念だね。ぼくらはもう父さんといっしょに海へ行けないってことじゃん。父さんといっしょに遠くの国へ行く客船に乗って、飲み物のでっかいコップを持って、日の光を浴びながらプールサイドに寝そべって、いたれりつくせりまかせっきりのサービスを受けられない。
とにかく行っちゃうってわけにはいかないし」クライヴは言った。
「だれも見てないうちに船に忍びこんで、空いてる船室かなんかを見つけて、旅のあいだそこにいるってことができないなんて残念だ」
なるほど。
ぼくもそれは残念だと思った。
本当に。
1
たった五分
最初に断っておくけど、クライヴはばかだ。もうひとつ断っておくと、ぼくはクライヴを助けてやってる。
クライヴが忙しいときとか、ばかなことをひとりでやれないときなんかで、そんなにしょっちゅうじゃない。
ぼくはクライヴの兄貴だ。
たった五分のちがいだけど。
クライヴは、本当はぼくよりも先に生まれたかったんだけど、ぼくにひじで押しのけられたらしい。
どうして、そんなことがわかるんだろう。なぜ、クライヴは、そんなに前のことをおぼえてるんだろう。
ぼくはおぼえてない。生まれたときのことなんて、だれだっておぼえてるはずないのに、クライヴは割りこまれたって言う。
自分のほうが先に生まれることになっていて、外に出ようと待ってたら、あとからやってきたぼくに押しのけられたって。
そんなのうそだ。本当だとしたって、見てた人はいないんだから、裁判で証明できない。
だけど、クライヴは、いつかぼくを裁判所へ引っぱっていくつもりでいる。
ぼくが兄貴だなんてずるいと詫えるらしい。そんなことできるとは思えないけど、クライヴには、一応、錘をさしておいた。
訴えるんなら訴えてみろ、ぼくもおまえが弟なんてずるいと訴えてやるからな。それでもつべこべ言ったら、一発殴ってやる。
だって、おたがいさまじゃないか。ぼくは弟になりたかったかもしれないんだから。
ぼくが弟だったら、ばかなことをいっぱいやって、あいつにかわりに怒られてもらう。
ぼくとクライヴはふたごだ。だけど、ありがたいことにちっとも似てない。
ぼくは家族でいちばんハンサムだけど、クライヴはウシの糞みたいな顔をしてる。
それも、ブタのお尻でつぶれて、ぐちゃぐちゃになったウシの糞。
とっても気持ち悪い顔ってことだ。
袋でもかぶって隠すしかないんじゃないか。
それにクライヴは耳がでかいから、風が強い日は家から出せない。
外へ出して、風に飛ばされると困るから。
だけど、長いひもをつけて飛ばしたら、いい凧になるかも。デブな凧だ
けど。クライヴは鼻もでかい。
たぶん、いつも鼻の穴に指をつっこんでるからだ。
でなきゃ、あんなにばかでかくならないだろう。
クライヴは、足の裏がぺったんこの扁平足だ。ずっとそんな足で立ってるせいだ、と教えてやったら、じゃ、なんで立ったらいいんだ、と言い返された。本当に生意気なやつだ。
どうしたらいいんだよ、ほかの人の足で立つのか、と聞かれたから、ぼくのかっこいい、ぺったんこじゃない足を見せてやった。
「見ろよ、クライヴ。これがぼくとおまえのちがいだ。
ぼくはこの足をだいじにしてる。おまえはだいじにしてない」
「なんでぼくがその足をだいじにしなくちゃいけないんだ。ぼくはぼくの足をだいじにしなきゃいけないのに」クライヴは言った。
「ほら、そこだ。おまえはおまえの足をだいじにしなかっただろ」ぼくは言った。
「足をほうっておいたから、そんなひどいことになったんだ」
で、まもなく、クライヴは靴のなかにソーセージを入れるようになった。
父さんが、へんなにおいがするのと、クライヴの靴下がぐちゃぐちゃになったソーセージまみれになってるのに気づいて、どうしてそんなことをするんだ、と聞いた。クライヴは、足を支えてるんだと答えた。
なぜソーセージで支えてやらなきゃいけないんだ、と父さんに言われて、クライヴは、足がパンケーキみたいにぺったんこだとぼくに言われたから、と答えた。
で、父さんは、クライヴの足はぺったんこなんかじゃないんだから、ぺったんこだなんて言っちゃいけない、とぽくを叱った。
だけど、どう見てもクライヴの足はぺったんこだ。
クライヴの足はどこもへんじゃないぞ、と父さんが言ったので、父さんは鼻が悪いからわからないんだ、と言い返したら、生意気言うな、と怒られた。ぼくは冗談のつもりだったのに。
父さんはクライヴに言った。
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