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 ワイルド・ソウル
著者
垣根涼介/著
出版社
幻冬舎
定価
税込価格 1995円
第一刷発行
2003/08
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ISBN 4-344-00373-X
 
地獄の記憶を引きずりながら、孤独と記憶を生きてきた4人の男たち。鬱屈した現実に押し潰され、束の間のセックスに溺れようとするテレビ局報道記者の女。それぞれの人生が交錯したとき、40数年の歳月を経て、錆びついた運命の扉が軋みながら開き始める。遺恨、情愛、希望、再生。歴史の闇に葬り去られてしまう前に──。最後の矜持を胸に、今日本国政府を相手にした壮大な復讐劇劇の幕が上がる。圧倒的面白さのエンタテイメント巨編1314枚!
 

本の要約

[文学賞情報]
2004年 第57回 056−日本推理作家協会賞受賞
2004年 第25回 076−吉川英治文学新人賞受賞
2003年 第6回 488−大薮春彦賞受賞

[要旨]
1961年、衛藤一家はアマゾンの大地に降り立った。夢の楽園と信じて疑わなかったブラジルへの移住―しかし、それは想像を絶する地獄の始まりだった。逃げ出す場もないジャングルで獣に等しい生活を強いられ、ある者は病に息絶え、ある者は逃散して野垂れ死に…。それがすべて日本政府の愚政―戦後の食糧難を回避する“棄民政策”によるものだと知った時、すでに衛藤の人生は閉ざされていた。それから四十数年後―日本国への報復を胸に、3人の男が東京にいた。未開の入植地で生を受けたケイと松尾、衛藤同様にブラジルを彷徨った山本。報道記者の貴子をも巻き込んだ用意周到な計画の下、覚醒した怒りは300発の弾丸と化し、政府を追いつめようとするが…。それぞれの過去にケリをつけ、嵌められた枠組みを打破するために、颯爽と走り出した男女の姿を圧倒的なスケールと筆致で描く傑作長篇小説。


オススメな本 内容抜粋

プロローグ

捉えどころのない水域とは、こういうことをいうのだろう。


南米大陸の太平洋側には、いくつかの国が南北に連なっている。
コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビアなどだ。
それぞれの国に三千メートル級から六千メートル級の分水嶺があり、大陸の内部─つまり、東側のアマゾン水域に向けて流れ出す河を持っている。
例をとってみる。
コロンビアのオリエンタル山系から流れ出たいくつもの支流は、国境とは名ばかりの熱帯雨林の無人地帯を越えてブラジル側へと流れ込み、さらに無数の河川を併合しながら〈ネグロ河〉という名の黒い本流へと変わる。
あるいはエクアドルのセントラル山系やペルーのアンデス山系から流れ出た支流は、これもまたブラジル国境へと流れ込み、いつしか白濁色の〈ソリモンエス河〉へと統合されてゆく。
一般的に、この二つの大河の合流点から下流がアマゾン河と呼ばれている。
ほかにも群青色の水を湛えたタパジョス河や、マデイラ河、ニャムンダ河ーいくつもの大河が合流し、うねり、蛇行を繰り返しながら、やがては対岸まで数十キロという圧倒的な水量を湛えた河となる。
雨季ともなれば葦や灌木が生い茂った広大な低湿地帯のすべてを川面に沈め、その流域面積は日本のざっと十九倍に相当する。
南米大陸を西から東へとゆっくりと移動し、約六千八百キロもの距離を気の遠くなるほどの時間をかけて流れ下り、やがて大西洋に注ぎ込む。
このような水域を総称して、人はアマゾンと呼ぶ。
一九七三年、十月のことだ。
この河の流れを遡ろうとしている一人の男がいた。
すらりとした身体つきの中年の日系人ー右足をやや引き摺り気味にして歩いている。
アマゾン河口にある赤道直下の港湾都市・ベレンで小用を済ませたその男は、翌日の朝早く、ヴァリグ航空の旅客機に乗り込んだ。
飛行機は、直線距離で西に千三百キロほど離れた、アマゾン中流域の街・マナゥス行きのものだった。
男の席は窓側にある。その窓の外には、霞がかった地平線の彼方までべったりとした緑の大地が拡がっている。
約二時間のフライトの問、男は飽きもせずその変わり映えのしない景色に見入っていた。
旦那、と隣の席に座っていた白人の若者が半ばあきれ顔で話しかけてくる。
そんなにこの景色が珍しいのかい?
男は少し笑い、首を振る。
だが、口は開かない。
マナウスのエドゥアルド・ゴメス空港に降り立った。
熱帯雨林に特有のむせ返るような熱気と湿度が男の全身を包んだ。
錆の浮いたワーゲンのタクシーを拾い、二十キロほど南にある市内に向かう。
赤茶けた悪路からの突き上げが絶え間なくその車体を襲う。圧倒的な勢いで覆い被さってこようとす
るジャングルの梢が、未舗装道の両側に延々とつづいている。
その振動にも慣れ始めたころ、なんの前触れもなく両側の密林が割れ、その先に一見海と見間違うば
かりの広大な水面が忽然と出現した。
ネグロ河だ。
名の由来はいたって単純なものだ。文字どおり、その水が黒いからだ。原生林の葉の上を流れ落ち
浸水林に染み込んだ雨粒は、タンニンを濃厚に含んだこげ茶色の水となる。
それが河に流れ込み、ある程度の深さの河に育つと、遠目にはその水面が真っ黒に見えるようになる。
マナウスは、その黒い河を見下ろすようにして緩やかな坂の上に拓けた街だ。
アマゾナス州の州都であるこの都市は、一八六〇年には人口わずか三千五百人の寒村にすぎなかった。
それが十九世紀の末、世界史の表舞台に突如として躍り出てくる。
アマゾン上流で天然ゴムが発見され、一櫻千金を夢見た山師たちがブラジル国内はおろかヨーロッパからも大挙して押し寄せてきた。
職を求めてやってきた単純労働者も含めると四十万人とも五十万人とも言われている。
空前のゴム景気に沸き立った街にはパリのオペラ座を模した巨大な劇場が建ち、辻々にはガス灯が灯り、石畳の上を市電が走った。
娼婦たちも金を求めて世界中から集まってきた。
ダンスホールや高級ホテル、売春宿も、さながら雨後の筍のように無数に出現した。
ゴム成金たちによって連日連夜底なしの乱痴気騒ぎが繰り広げられ、剥き出しになったこの享楽の時代が、後のマナウス発展の礎となった。
広大なアマゾン水域といえども、このマナウスに比するほどの街は周辺七百キロ以内には皆無といっていい。
ある’定の規模に膨れ上がった都市は、その存在自体が人を惹きつける。
人の集積が物資を呼び、仕事を作り、その土地の風土を産み落とす。
それら有機体の匂いが、さらなる人を呼び寄せる。
密林に蓄えられた湿気がこの唯一の大都会に吸い寄せられていくように、アマゾンの奥地から流れ出てきた食い詰め者たちもごく自然にこの街に群がり、ゴム景気が去ったあとも、人口は時の推移とともに増加していった。
つまるところ、それがマナウスという街の正体だったし、かつてはこの日系人の彼もまた、その流民の一人だった。
市内に入ったタクシーはエパミノンダス通りをまっすぐに南下し、サウダージ広場の脇を過ぎた。
露天商がびっしりと軒を連ねた坂を下って、ネグロ河のほとりへと出る。
買い物客でごった返すアドウフォ・リスボア市場の前で、男はワーゲンを降りた。
その市場の前は港だった。
魚の生臭さとディーゼルの煤煙が鼻腔を突く。
マナウスの旅行代理店を通して、船着き場に発動機付きの小船を一艘チャーターしてあった。
桟橋のたもとに立った五十がらみの男が、日に焼けた赤銅色の顔をキョロキョロと左右に動かしている。
短パンにゴム草履、着古した白い半袖シャツ姿のその男は、どこからか拾ってきたと思しき木っ端を、両手に提げている。その木片の表面には、いかにも手馴れない文字で彼の名前が殴り書きしてある。
その男の前まで歩いてゆき、立ち止まった。
セニョール・エトウ?
そう問いかけてきた男に、彼はうなずいた。
男はチャーターした小船の船長だ。

(本文P. 12〜15より引用)


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