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 清談 佛々堂先生
著者
服部 真澄 著
出版社
講談社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2004/03
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ISBN 4-06-212354-1
 
書画、骨董、現代美術、果ては木っ端や石くれまで、先生の眼鏡にかかれば、真の価値が見えてくる。
 

本の要約

平成随一の目利きが美にまつわる難事をさばく。
稀代の蒐集家(コレクター)か、美に操られる「使いっ走り」か。

「気に入る花がないから、描けない」
椿絵作家として出世した関屋は、「百椿図(ひゃくちんず)」完成を前に行き詰まっていた。我楽多(がらくた)満載のワンボックス・カーで駆けつけた佛々堂先生が仕掛けた「お節介」とは?――平成の魯山人の活躍を描く全4篇

オススメな本 内容抜粋

口能登の在郷、竹藪の小径を抜けた先に、土塀の旧家がある。
古格の家は江戸初期以来の庄屋で、北陸では聞こえた回船問屋の親戚筋にもあたり、二棟ある土蔵には先祖伝来の蒐集品が、あまたひしめく勢いであった。
母屋も広大で、襖をすべて取り払うと、百畳近くがひと続きの大広間になる。
しかし、十五代目の当主は仕事の都合でこの家には住まず、家伝の道具類の一部を美術館に預け、都会で暮らしている。
持て余された屋敷には老婦がひとり置かれ、ひっそりと家守りをしていた。
ふだんはひとけがないその家の座敷に、いまは女たちの華やかな声が響いている。
「この扇面はいいわねえ。離れの床掛けに合うと思うのやわ。なんでやろ、古画の味があって上品や」

うちのひとりが、踏込床に掛けられた小幅を前に眩いた。古鏡模様を染めた鴇色の付け下げに、文字散らしの帯が、よく映っている。
「うちは、この香炉。なんや琳派ふうの意匠やね。抱一か俵屋宗理か……」
別の女がいった。
艶めいた臼大島らしい紬は、着込んで柔らかになっているのが見て取れる。
帯は古渡りの更紗で仕立てたものだった。
十人ばかりの和服姿、集まった誰をとっても、素人とは思えない着巧者ばかりだ。
衣裳にも持ち物にも、賛沢な好みが現れている。
関屋次郎は、ため息をついた。
座敷をそぞろ歩く女性たちは、京阪神の名高い宿々を取りしきる女将の連である。
客商売の息抜きにと、気のおけない仲間うちで誘いあい、彼女たちは娯楽のときを過ごす。
物質的に恵まれているぶん、遊びも豪薯だ。
研修の名目で最上級の宿やホテルのスイートを泊まって回る。
客の前ではひかえめな装いにしているだけ、ここぞとばかりに、着るものにも放恋になる。
その女たちが、やや高ぶって頬をほてらせ、一様にさざめいていた。
華やかな一団は、座敷のそこかしこに品良く飾られた、軸物や調度品の品定めに忙しい。
口能登の家は、当主の馴染みの美術商との関わりから、時折りギャラリーとして使われている。
代々の当主が数奇を凝らしてきた屋敷は、美術工芸作家たちにとって、格好の個展の場になった。
時代のある背景のおかげで、多少の難は隠れ、展示されたどの作も、品筋がよく見える。
家が奥まっているぶん、交通の便は行き届かないが、好事家になればなるほど、この種の家を探しあててくる。
美術商の目論見は当たり、口づたえで、特別であることを好む人間たちが、自分のほうから搦めとられてくる。
「なあ、関屋先生」
関屋は、文字散らし帯の女に、甘い声で呼ばれた。
くっきりした二重瞼を、女は誇るように張っている。
「この襖絵の、雪持ちの佗助と同じものを、対幅に描いて下さる」
仲間うちでもリーダー格らしい女は、断られることなどないと信じ切った口調だった。
洛北に川床を持つ料理旅館『有楽』の女将、野上由貴には、細腕ひとつで上客たちを捌いてきたという貫禄もほの見える。
盛りの花の勢いがあった。
由貴のひとことを合図にしたように、関屋は女将たちの一群に取り巻かれていった。
─この女たちは、金を費う……。
美術商や骨董商からすれば、彼女たちはさだめし、上得意であろう。
評判の宿の経営者か、その妻ともなれば、衣裳と宿を彩る美術品には、糸目をつけずに金を費う。
小物なら経費として計上できるのだから、道楽に近い形で買える。きものは女将のユニフォーム、美術品は宿の品格を保つのに必要不可欠な備品であると主張すれば、正当なコストにできるのだ。
もっと高価な買い物は会社の資産になる。

(本文P. 7〜9より引用)


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