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 生まれる森
著者
島本 理生 著
出版社
講談社
定価
本体価格 1300円+税
第一刷発行
2004/01
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ISBN 4-06-212206-5
 
今度あの人に触れたら、きっとわたしは死んでしまう  初めて知った恋の深い痛みと、ゆるやかな新生を描く20歳の恋愛小説
 

本の要約

最年少野間文芸新人賞作家の新作恋愛小説!芥川賞候補となった前作『リトル・バイ・リトル』により野間文芸新人賞を20歳で受賞、注目を集める新鋭が深い恋の傷からのゆるやかな回復を描く待望の恋愛小説。

厳密には、この物語は恋愛小説とは言えないかもしれない。ただ、書き終えてみると自分自身の中にある恋愛のイメージがもっとも強く反映された作品になった。だれかを救いたいと思うこと。その相手の手を放すか、それとも掴むかの一瞬の違いが恋愛の残酷さでもある。そんな恋愛の一面を通して主人公の少女時代の終わりを書きたかった。だれもがかならず最後には森から出て行くことができるはずだと私は思っている。―――あとがきより



オススメな本 内容抜粋

子供のころは毎日なにかしらの絶望や発見があって、きっと自分は大人になる前に死んでしまうという妙な確信を抱いていたことも今となっては笑い話だけど、放課後の校庭にあふれる光や砂糖の入っていないコーヒーの味、セックスに関する具体的な情報や降り出す直前の雨の気配には、今よりも敏感だった気がする。
サイトウさんに出会ってから深い森に落とされたようになり、流れていく時間も移り変わっていく季節も、たしかに見えているのに感じることができない、なんだかガラスごしにながめている風景のような気がしていた。
抜け出したと思ったら、本当は最初から最後まで同じ場所をまわっていたり、どんなに歩いても一向に見えない出口に疲れたり、生きてるってなんだろうなんて最近の会話では冗談以外でめったに口に しないことについて本気で悩んでみたり。
暮らし始めてすぐの部屋はまだ自分の気配が薄くて、明け方にふっと目を覚ますたびに途方に暮れてしまう。
それでも起き上がってベラソダに出ると、うっすらと霧が立ち込めた夜を、街灯の明かりが照らしている。
濡れた草木の陰に小さな灰色のカエルが何匹もうずくまって、生ぬるい空気に昔よく遊んだ田舎の匂いを感じた。
その中でぼんやりと汗をかきながら熱くて苦いコーヒーを飲んでいると、歩き疲れた森で透き通った湖を見つけたような気持ちになるのだった。
そんなふうにして、なんとかやって来たばかりの夏をやり過ごしている。
あれは大学が休みに入る少し前のことだった。
五分遅れで試験の時間に間に合わず、教室を追い出されたわたしが中庭で缶コーヒーを飲んでいたら、同じ学科の加世ちゃんがやって来た。
夏休みは九月の初めまで京都の実家に帰っているというので、一人で暮らしている部屋はどうするのかと尋ねたら
「そのままにしておくしかないよね。家賃はもったいないけど」
「それならわたしに貸してよ」
冗談半分で頼んだら、意外にもいらない洋服をくれるような調子で「いいよ、今週の金曜日からでいい?」
あっという間に交渉が進んでしまったので、こちらのほうがあわててストップをかけた。
両親に一応は相談したら、なにかと面倒なことが起こるとマズイからと、父は少し反対した。
それでもしばらく一人になりたいのだと最後は強引に押し切るようにして説得した。少し後ろめたいところがあるせいか、父は渋々だが了解した。
当分の荷物をまとめながら「説得というのは話す人間の信愚性と魅力と勢力、この三つが鍵となります」というのを以前、本で読んだことを思い出した。おそらく今のわたしに最初の二つは当てはまらない。勢いだけでなんとかなったのは運が良いことだった。

(本文P. 3〜5より引用)


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