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 青い翅の夜 王国記 4
著者
花村万月/著
出版社
文芸春秋
定価
本体価格 1429円+税
第一刷発行
2004/01
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ISBN 4-16-322560-9
 
自分がつくろうとしていた王国の「王」が自分ではないことに突如気付いた朧。真の王たるものは、誰か。「王国記」シリーズ最新作。
 

本の要約

 身を潜めていた長崎・五島列島から福岡へ向かう飛行機の中で、突然、二つの「ヴィジョン」を視た朧(ろう)。作ろうとしている王国の主が自分ではないことを、あっけなく悟ります。ならば、王国の「王」はいったい誰なのか……?
『ゲルマニウムの夜』に始まる「王国記」シリーズ最新作は、ブレイクの詩と聖書の言葉を織り込みながら、かつてない展開を見せます。幾度か殺されかけた「太郎」が示す不思議な能力と、濃厚な性の気配が横溢(おういつ)する太郎の周囲の世界の変化――。さらなる大きな物語の始まりを予感させる一冊です。



オススメな本 内容抜粋

空港の駐車場でタクシーから降りて、教子はどこかに電話をかけはじめた。
愉しげな声で朝霧がはれたことを告げ、そこから先は相手の声に反応して抑えた笑い声をあげる。
控えめな笑いをおさめると、こんどは妙に親しげな気配の遣り取りがはじまる。それを見守る僕はなんだか取り残された気分だ。
タクシーのなかで教子はひたすら僕の手を握り締めていた。その微妙な力加減と熱がまだ僕の手にのこっている。
ぼんやりと仔んでいるうちに生欠伸が洩れた。ちいさな孤独感とともに、僕は暇をもてあましていた。意地汚く旅館の朝食を平らげたせいで腹が張ってしかたがない。
同行者が携帯電話で誰ともしれぬ者と愉しげに語りあっているのを傍らで漠然と待っているのは、手持ちぶさたのうちでも最悪にちかいのではないか。僕は真新しいコンクリートの縁石のうえに腰をおろした。
なんとなく地図をひらく。
やがて、気付いた。
上五島空港は中通島の北東端にあると車中で教子は言った。
北東の端などと細かいことを言うものだから頭から信じ込んでいたのだが、地図によると上五島空港は中通島ではなくて頭ヶ島という小島にあるのだ。
車中、教子のお喋りに耳を澄ましてときどき会話に参加していた運転手も、上五島空港の場所のことはまったく指摘しなかった。
中通島と橋でつながっているとはいえ、頭ヶ島はあくまでも独立した島である。けれど中通島は五島列島のなかで福江島についで大きいので、ちっぽけな頭ヶ島はなんとなく中通島に併合されてしまって現在に至るといったところだろうか。
ちいさな孤独に加えて微妙な苛立ちが僕を雑に覆っている。
携帯電話をバッグに落とし込んだ教子を見あげて、なんとなく嫌な気分だ。
大きなもの、大多数、それらが頭ヶ島を蔑ろにして、いつのまにやら中通島にしてしまう。だいたい五島列島などと吐かしているが、じつは二百ほども島があるというではないか。しかしちっぽけな島は数にいれてもらえずに五島列島という大雑把な名で括られて忘れ去られていく。
騒ぐほどではないが、胸くそが悪い。こじつければ民主主義、多数決原理の放った屍を鼻先で嗅がされたようなものだ。
数の論理、これ即ちー。
「なにが即ちですか」
「いや、即ちとは、これ即ち」
「なにを赤くなっているのですか」
「黒くなれないからだよ」
教子は失笑気味に肩をすくめ、真新しいアスファルトの舗装の上を軽やかな、これ見よがしな足取りで行ってしまった。
僕は先を行く教子の脚、その脹脛が収縮と弛緩を繰り返すのを目で追いながら、とぽとぽとそのあとをついていく。膝の裏側のくぽみにできる影は淡くて柔らかくて、しかもそのあたりの皮膚がいかにも薄そうなので触れたらいけないような微妙な危うさがある。
そこから醸しだされる脆さは美醜の狭間にあって、その不安定さがじつに心地よい。
僕は大好きだ。
ここからはよく見えないが密やかにはしる静脈の青まで想像してうっとりしかけた。
だが、ここは怒るべきところだと思いなおすことにした。

(本文P. 7〜9より引用)


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