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 うつくしい子ども
著者
石田衣良/著
出版社
文芸春秋
定価
本体価格 1524円+税
第一刷発行
1999/05
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ISBN 4-16-318450-3
 
十三歳の少年が小学生の女子を絞殺した。中学二年の兄は、何が弟を駆り立てたのか探り始める。独りぼっちの“少年A”に迫る問題作
 

本の要約

13歳の弟は猟奇殺人犯!?14歳の「ぼく」の孤独な闘いが始まった。今を生きる子どもたちの光と影をみずみずしく描く問題作。麗らかな春の朝、緑豊かなニュータウンで九歳の女の子の遺体が発見された!現場に残された謎のサインは「夜の王子」。嵐の夜、十三歳の少年の補導で事件は解決するが、関係者にとっての本当の苦しみはそのときから始まった。崩壊する家族、変質する地域社会、沈黙を守る学校。「夜の王子」の真実と犯行の理由を求めて、十四歳の兄が、ひとりきりの困難な調査を開始した。

植物観察を愛する男の子、三村幹生は中学二年。今時珍しいニキビ面であだ名は「ジャガ」。彼の十三歳の弟が小学生の女児を殺すという凶悪事件を起こし、一家は嵐の渦中に投げ込まれます。ジャガは、女装が趣味の級長、下ネタ発言を連発する美少女など癖の強い友人たちの協力を得て、何が弟を犯行に向かわせたのか必死に探ります。期待の新人が放つ書き下ろし二作目。



オススメな本 内容抜粋

がちゃがちゃとマイクスタンドの高さを直す音がして、里見繁校長の声が響いた。
「日本は今、先がまったく見えない時代に突入しています。大人の社会では仕事や会社のあり方に人間同士のつきあい方、そして皆さんのような中学生でいえば、勉強の仕方や進路の選び方と、すべての点でこれを選んでおけば安全だ、という道が失われつつあります」
その声は月曜日の朝から元気がよくて、ぼくはちょっとうんざりした。
うちの生徒ならそれでも大丈夫といいたげな自信たっぷりのシゲジイの声。校庭の四隅に立ったポールからびんびんに降ってくる。
頭にあたるとまだ眠ってる空っぽの頭蓋骨でぐわんぐわんと反響しそうな大音量。
ぼくは夢見山中学の母校舎に映る生徒の列を見ていた。
母校舎はガラスとコンクリートでできた大砲の玉みたいな形の五階建て。
建設大臣か誰かの優秀設計賞を取ったそうだ。
正面の熱線反射ガラスには、幽霊みたいに薄青い中学生四百人が映ってる。
「しかし、皆さん勇気をなくしてはいけません」
シゲジイはそこで息をきり、整列した生徒をゆっくりと視線でかきまぜる。
もう五月もなかばなのにいつまで上着のしたに毛糸のベストを着ているんだろう。暑くないのかな。
ぼくのまえの高羽道がおへそのあたりでつぶやいた。
「でるぞ、大航海」
高羽くんは足が不自由で車椅子に座ってるから、学級委員の長沢静についで二年三組の列の二番目。
長沢くんのほっそりした標準服の背中がちょっと笑ったように見えた。
「ピンチのときはチャンスのときです。
日本人のひとりひとりが、海図のない旅にのりだす大航海時代がやってきました。
私たちは宝の島を見つけるかもしれない。あるいは志なかばで嵐の海に消えるかもしれない。
来たるべき厳しい航海を乗りきるために、なにより必要なのは、その人ならではのかけがえない個性と、アイディアひとつで困難な状況を根本的に変えてしまう創造力です」
高羽くんがまたいう。
「残念ながら……」
担任の遠藤美佐子先生が小声で叱った。
「ミッチー、静かに」
「残念ながら、今までの日本の教育は集団でいるのが好きな人と勉強をするのが好きな人をつくることしか考えていませんでした。
私たち教師も、みんながみんな個性豊かなのかと問われたら、自信のない返事しかできないでしょう。だから力を合わせて、私たちひとりひとりのなかにある宝を探しましょう。
私もいっしょに探すつもりです。それは簡単には見つからないかもしれない。けれども、探すだけでも十分価値ある宝です」
校長先生は口元を引きしめ、夢見山のうえのまぶしい曇り空に目をやった。風がないので頭上の日の丸はだらんとたれて地面を指している。
でもシゲジイの声は元気だ。
「先週末で中間試験も終わりました。期末試験はまだ遠い先の話です。一年のうちで最も素晴らしい五月の第四週が始まります。勉強にスポーツに、文化活動にボランティアに、皆さんの若い命の力をいきいきと使ってください。今週もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
校庭をかこむ新緑の木々に四百人の声が吸いこまれて、月曜日の朝礼が終わった。
その場で解散。
みんな仲のいい誰かと声をかけあい、それぞれの学舎にむかって歩いていく。
うちの中学は母校舎を星形に取りまくように五つの学舎が建っている。
三階建ての学舎はとがった屋根の高原のコテージみたいな造り。
それぞれ一階が一年、二階が二年、三階が三年の教室。
だからぼくら二年三組の教室は第三学舎の二階になる。
母校舎と学舎を結ぶのはガラス屋根の渡り廊下。
夏は温室みたいに暑いんだ。
ぼくはミッチーの車椅子を押しながら教室にむかった。
葉っぱをとって絞ったら手がびしょびしょに青くなりそうな葉桜の天井。
したを通るとミッチーは毛虫毛虫と騒ぐ。
だけどこの学校のサクラには毛虫なんていないんだ。
管理員のおじさんがしっかりと殺虫剤をまいているから。
「よう、ジャガ、おまえ約束忘れてないよな」
いきなりうしろから声をかけられた。振りむかなくてもわかる長谷部卓の声。
一時間目の始まりまではまだ十五分もある。
やばい。月曜の朝から絶体絶命のピンチ。


五月十八日、曇り空の月曜日午前九時、山崎邦昭は朝風新聞東野支局にかかってきた電話を取った。
最初のベルで飛びつくのが山崎の仕事である。
「はい、こちら東野支局」
「よう、ボーイか。夢見山署管内で小学生女児が行方不明になっているらしい。もうすぐ公開捜査に切りかわるそうなので、おって連絡を入れる」
聞き慣れた県警担当の須田淳の低い声。常陸県の県庁所在地である湊市中区の県警本部七階からの電話だった。
「記者クラブの様子はどうですか?」
「事件になるかどうかわからんからな。まだ落ち着いたもんだ」
受話器を置くと、デスク横のソファでライバル社の朝刊に目を通していた支局長の津野英彦が、鼻先の老眼鏡越しに山崎を見つめた。いつもの白いシャツに二十年は使いこんだネクタイの化石をさげている。

(本文P. 6〜9より引用)

 

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