隣の家の少女
著者
扶桑社/扶桑社ミステリー
出版社
ジャック・ケッチャム/著 金子浩/訳
定価
本体価格 686円+税
第一刷発行
1998/07
ISBN 4-594-02534-X
 
これは、ヤバイ!! 最悪なことが起こります! あなたは最後まで読めますか! 残酷なのにどこか切なく、美しい。
 

1958年の夏。当時、12歳のわたし(デイヴィッド)は、隣の家に引っ越して来た美しい少女メグと出会い、一瞬にして、心を奪われる。メグと妹のスーザンは両親を交通事故で亡くし、隣のルース・チャンドラーに引き取られて来たのだった。隣家の少女に心躍らせるわたしはある日、ルースが姉妹を折檻している場面に出会いショックを受けるが、ただ傍観しているだけだった。ルースの虐待は日に日にひどくなり、やがてメグは地下室に監禁されさらに残酷な暴行を―。キングが絶賛する伝説の名作。




苦痛とはなにか、知ってるつもりになっていないだろうか?
わたしの二番めの妻に聞いてみるといい。
彼女は知っている。
というか、知ってるつもりになっている。
彼女は、十九か二十歳のころ、二匹の猫─自分の飼い猫と近所の猫の喧嘩に巻きこまれたことがあったのだそうだ。
そして一方の猫が彼女に飛びついて、木に登るみたいに彼女のからだを駆けあがったらしい。
腿も、胸も、腹も、ずたずただ。
いまだに傷痕が残っている。
動転した彼女は、母親ご自慢の世紀の変わりめごろの戸棚に倒れかかって、いちばん上等な陶器のパイ皿を割った。
猫がふーふーうなりながら牙と鉤爪を剥きだして彼女のからだを駆けあがり、駆けおりるあいだに、脇腹の皮膚は十五センチも裂けてしまった。
たしか三十六針縫ったといっていた。
それから何日も、熱にうなされたのだそうだ。
二番めの妻はそれが苦痛だという。
なんにもわかっていないのだ。
最初の妻、イヴリンはいいところまで迫っていたのかもしれない。
イヴリンには脳裏に焼きついてるイメージがある。
彼女は、夏の暑い日の朝、雨ですべりやすくなったハイウェイをレンタカーのボルボで走っていた。
愛人をとなりに乗せて。
ゆっくりとした、慎重なハンドルさばきだった。
焼けつくような路面が雨で濡れたばかりのときの道路がどれほど油断ならないかを承知していたからだ。
ところがそのとき、イヴリンの車を追い抜こうとしたフォルクスワーゲンが尻をふって、彼女の車の進路を遮った。
フォルクスワーゲンの、"自由に生きなきゃ死んだほうがまし"というプレートをつけたリアバンパーがすべってきて、イヴリンの車のグリルにキスをした。
やさしく、といっていいほどだった。
雨が仕上げをしてくれた。
ボルボはコントロールをうしない、ふらふらと盛り土を乗り越えた。
つぎの瞬間、イヴリンと愛人は宙返りをしていた。
無重力状態で回転していたのだ。
上が下になり、上になり、また上になった。
そのどこかで、ハンドルがイヴリンの肩に当たった。バックミラーが手首を折った。
やっと横転が止まり、イヴリンは頭上のアクセルを見あげた。
愛人をさがしたが、そいつはとなりにいなかった。
消えうせていた。
まるで魔法だった。
イヴリンは運転席側のドアをさぐりあてて開き、濡れた草地に這いだした。
立ちあがり、雨を透かして目を凝らした。
イヴリンの心に刻みつけられたのは、この時の─車のまえに散らばる真っ赤に染まったガラスのかけらのなか、全身赤むけになり、血のつまった袋のようになった男が転がっている──光景だ。
その袋はイヴリンの愛人だった。
イヴリンがいいところまで迫ったといったのは、それが理由だ。
たとえ体験を封じこめているとしても─たとえ夜、眠れるとしても。
イヴリンは、苦痛がたんなる痛覚でも、刺激を受けた神経が肉体への侵害に悲鳴をあげることでもないのを承知していた。
苦痛は外から内へ作用することもある。
つまり、なにかを見ることによって苦痛をおぼえることもあるのさ。
それこそ、もっとも残酷で、もっとも純粋な苦痛だ。
やわらげる薬も、眠りも、ショックも、昏睡もないのだから。
苦痛を目にし、苦痛をとりいれると、人は苦痛になってしまう。
肉体に寄生した白くて長い虫は、肉を欝り、むさぼり、成長して腸を満たす。
そしてとうとう、ある朝、咳きこんだ拍子に、盲目で生白いそいつの頭部が、第二の舌のように口からすべりでるのだ。
やはり、わたしの妻たちは苦痛がわかっていない。
完全には。イヴリンはいいところまで迫っているのだが。
だが、わたしは理解している。
(本文P.9〜11 より引用)


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