何を根拠に
著者
ナンシー関/著
出版社
世界文化社
定価
本体価格 1200円+税
第一刷発行
2003/11
ISBN 4-418-03523-0
 
単行本初収録!!年間平均鑑賞本数6本のナンシー関さんが、ズバリズバリと世の中の映画をめった斬り!!
 

「消しゴム版画家」として知られる天才コラムニストが綴る、お気楽映画評&生真面目(?)メディア評コラム集です!



ファンシイ ダンス

今月から、このぺージで映画についておつきあいいただくことになったが、私は映画をあまり見ない。
したがって映画のこともあまり知らない。
年間平均鑑賞本数6本。
こんな私になぜたのむ。
引き受ける私も私だが。
しかし、以前に2回だけ「映画を見て原稿を書く」という、いわゆる映画評みたいな仕事をしたことがある。
『座頭市』と『べっぴんの街』であった。
『座頭市』の時は、「映画館がガラ空きなので、これじゃまた中村玉緒の苦労が絶えない。
ドモホルンリンクルのCMもまだしばらく辞められないだろう」、そして『べっぴんの街』では「出演者の!人である”倉田てつを"の"を"ってゆうのはどうゆうことか」という点に、それぞれ終始したのであった。
だから、本当に映画マニアの方は、このぺージをトバした方がいいかもしれない。
読んでもいいけど怒んないでね。
というわけで、今月私の見た映画は『ファンシイダンス』である。
『ファンシイダンス』は岡野玲子さんの同名漫画を映画化したもの。
私は映画も見ないがそれと同じぐらい漫画も読まない。
本当ににっちもさっちもいかない奴だ。『ファンシイダンス』も中し訳ないことに読んでいない。したがって原作との比較もできない。
しかしそれは映画を純粋に鑑賞できるということでもある。
「お寺ライフのHOW・TO」といううたい文句を自ら冠しているこの映画。まず私たちの「見知らぬ世界の日常」への興味に訴える訳だ。
テレビの『地球発!9時』とか『Time21』
とかいうドキュメントもので、テキ屋の日常生活を追うとか、京都老舗和菓子屋の1日とか、ヤクザ密着24時間とかいった企画がコンスタントにウケるのは、私たちのある種ののぞき願望を満たしてくれるからに他ならない。
普通のそのへんの人の生活を一日中のぞくことだってかなりおもしろそうなのに、その対象がテキ屋だヤクザだなんて日には、もうのぞきたくてたまんないな私は。
下世話で申し訳ないな。
お坊さんもしかりだ。
お寺のお坊さんの生活というのは、ほとんどの事柄がオープンにされいろんなことに耳年増になっている世の中にあって、数少ないいまだべールに包まれた世界かもしれない。
で、そんなお寺の生活を見せてくれる訳だから『地球発19時』を見るのと同じつもりで見れば結構おもしろい。
と乱暴な結論を出してしまったが、私にとってのこの映画の意味は、もうひとつ違うところにあった。
それは「坊主頭の人がたくさん出てくる映画」という一面である。
時代劇や大相撲を「ちょんまげの人がたくさん出てくる番組」として見たことがおありだろうか。
私はある。
相撲など、そのうえふんどし一丁である。この見方をマスターすれば、すごい違和感を感じながら、これらのものを見ることができる。
映画を見ながらスキン・ヘッズ及び大の男の髪型について考えたのだが、どんな髪型にも意味があるのである。
そしてお坊さんの坊主頭は、最もはっきりと意味を持った髪型だ。
時々、不条理というか「ヘンに見られること」だけを目的としているとしか思えない髪型をしている人がいる。
その人たちは「人間キチンとしていると思われたらおしまいだ」みたいな気持ちがあるはずだ。
キチンとした人間と見られた途端、めんどうなことをたくさん背負わなければならなくなる。
そうならないためにへんな髪型をするのだ。
「あの人へんな髪型。変わりモノよきっと」と陰口たたかれるリスクと引き換えに、「キチンとした人間」の足かせを返上するのである。
そういった意味の髪型と、お坊さんの坊主頭は意味が違うのであるが、キチンとした人間性を捨てることと仏門に入ることは似ていることのような気もする。俗世を離れるという意味で、である。お坊さんに怒られっか、んなこと言ってると。

(本文P.10〜13 より引用)


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