草笛の音次郎
著者
山本一力/著
出版社
文芸春秋
定価
本体価格 1714円+税
第一刷発行
2003/10
ISBN 4-16-322320-7
 
今戸の貸元、恵比須の芳三郎の名代で佐原へ旅を打つ音次郎。降りかかる火の粉を払いのけ、一人前の渡世人へ成長していく若者の姿
 

旅が男をみがくのさ・・・。今戸の貸元、恵比寿の芳三郎の名代として成田、佐原へ旅を打つ音次郎。さまざまな試練を乗り越えて一人前の男へと成長していく若者の姿を爽やかに描く、股旅ものの新境地!

待望の新刊は股旅物です。今戸の貸元・芳三郎の若い衆・音次郎が、親分の名代として佐原を訪れることになった。初めての長旅に胸を膨らませる音次郎ですが、しょっぱなから失敗の連続。しかし様々な試練を経るうちに、次第に成長していきます。波瀾に満ちた物語と味のある登場人物たち、そして胸に迫る人の情け。三拍子揃った傑作が誕生しました。



天明八(一七八八)年の江戸は、元旦から粉雪が舞った。
冷え込みは七草を過ぎてもゆるまず、八日の晴れた朝には水溜りに分厚い氷が張っていた。
吾妻橋西詰を北に折れて十町(約干百メートル)歩けば、山谷堀にぶつかる。
今戸橋はこの堀と大川とが交わる場所に架けられた小橋だ。
欄干は朱色で、両端には金色の擬宝珠がついている。
凍てついた朝だが雲はなく、赤味の強い朝日がネギの花の形をした擬宝珠をキラキラと照り返らせた。
「つま先がしびれそうだぜ」
擬宝珠のわきで張り番をしている若い衆が、両手を何度もこすりあわせて足踏みをした。
刺子半纏を着ていても、氷を張らせた冷気は防げない。
「ちげえねえ。じっとしてたら、身体の芯まで凍っちまう」
張り番の相棒が、同じように勢いよく足踏みを始めた。
サク、サク、サク……。
地べたが小気味よい音を立てたのは、霜柱が踏み潰されたからだ。
若い衆ふたりが、寒さ逃れに身体を動かし続けているとき、神棚を背にした恵比須の芳三郎は、長火鉢の前に代貸の源七を呼び寄せていた。
芳三郎の宿は今戸橋のたもとにあり、橋のふたりは宿の前を行き交う者の見張りである。
芳三郎は大川の西側、浅草寺から北の一帯を束ねる貸元で、配下には若い衆だけで七十人を抱えている。
源七は、組の仕切りを任されている代貸だった。
「佐原の兄弟が、香取神宮の祭を見にこいと手紙を寄越した」
「昨日の飛脚が届けてきたのは、その招きでやしたんで」
源七が張りのある低い声で問いかけた。しゃべると、吐き出された息が白くなる。
長火鉢ひとつの部屋は、朝の凍えに満ちていた。
「今年は十二年に一度の祭の年らしい」
芳三郎の声は小さい。怒鳴ることも滅多にない。
「四月十四、十五日が祭らしいが、佐原までの旅はいささか億劫だ」
長火鉢の向こう側で、源七が静かにうなずいた。
芳三郎は、去年の十二月中旬にひいた風邪が抜け切ってはいない。
それが分かっているだけに、億劫だという芳三郎の言葉にうなずいたのだ。
「さりとて兄弟からの誘いを、断わるわけにもいかないだろう」

「名代を出しやしょう」
間をおかずに源七が答えた。
江戸から佐原までは、陸路でおよそ二十四里(約九十六キロ)だ。
若い者が急ぎ足で一日八里を歩いたとしても、三日はかかる勘定だ。
芳三郎のいう佐原の兄弟とは、佐原宿を仕切る貸元、小野川の好之助である。
芳三郎と好之助は、ともに橋場の文吉から盃を受けた兄弟分だ。
好之助は二十三年前の明和二(一七六五)年に、在所の佐原に戻って三代目好之助を襲名した。
文吉のもとでともに下働きから修業を積んだふたりは、すでに四十年の付き合いになる。
好之助が佐原に戻ったあとの二十三年のなかで、ふたりは二度しか顔を合わせていない。
それでも交誼は途絶えずに続いていた。
源七もふたりの付き合いの深さはわきまえていた。
香取神宮の祭までにはまだ三月はあるが、誘いを断わる使いを間際に差し向けるわけにはいかない。
ゆえに名代を出すことを即座に口にした。
芳三郎は、ひと息おいてから長火鉢のそばまで膝を詰めさせた。
「あと三年で、組をおまえに任せる」
「聞かせていただきやした」
源七は半端な遠慮を口にせず、真正面で受け止めてあたまを下げた。
「つらをあげてくれ」

(本文P.7〜9 より引用)


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