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 杖下に死す
著者
北方謙三/著
出版社
文芸春秋
定価
本体価格 1800円+税
第一刷発行
2003/10
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ISBN 4-16-322300-2
 
大阪に大事あり!大塩平八郎起つ!たび重なる飢饉に米の売り惜しみ。窮民救済に立ち上がる大塩父子を扶けて、至高の剣が、腐敗した権力の底知れぬ闇を斬り裂く!
 

本の要約

時代・歴史小説の分野に大きく翼をのばしつつある著者の新刊は、大塩平八郎の義挙に揺れる大坂の街が舞台。米の不作と売り惜しみにあえぐ天下の台所に、幕府御庭番の家系に連なる剣豪がふらりと現れるところから物語は始まります。無策の町奉行所、決起に向けて徐々に熱をはらんでゆく大塩一党、そして背後に見え隠れする幕閣の政争――。商都の奥深く潜行した主人公の痛快な動きに従い、一大事件の全貌が明らかにされてゆきます。剣豪小説の魅力とも相まって、充実の大作です。



オススメな本 内容抜粋

第一章 雷鳴

三人とも、身なりは武士だった。
しかし、役人という感じはない。盗賊でもなさそうだ。
「道をあけてくれ」
光武利之は、静かに言った。闇の中である。おまけに寵燈をひとつこちらにむけているので、
三人は影ばかりに見える。
「どこへ行く?」
「大坂へ」
「どこから来た?」
「京」
伏見街道である。夜でも人通りがありそうだが、ここまで人影を見かけることはなかった。寵
燈を持った男が、さらに近づいてきた。
「京のどこから?」
「京は、通り過ぎただけだ。江戸から、中山道を旅してきた」
「なぜ、はじめからそう言わん」
「京から来た、とも言えるからな。それより、夜中に街道を塞ぐとは、剣呑なことだな。なにかあったのか?」
三人とも、まだ若いようだった。
「どこの家中だ?」
「ものの訊き方を知らんな。道をあけろ」
「この近辺の村に押し入って、わずかに残った米を奪った者がいる。三日続けてだ。その詮議をしている」
「伏見奉行所の同心かな?」
「いや、村の困窮を見かねて、街道を見張ることにした。奪った米は、大坂で売られている気配なのでな」
「奉行所の、役人ですらないのか。なんの権限もなく、街道を塞いでいることになるな。権限がないゆえに、夜中しかできんか。夜盗と同じではないか」
「なんだと。聞き捨てならん」
「ならばどうする。俺が、どこかに米でも持っているように見えるかね。俺はただ、ちょっとばかり急ごうという気分になって、夜中の街道を歩いているだけだぜ」
「名乗れ。そして、夜盗という言葉を取り消せ」
「両方とも、いやだな」
また悪い癖を出している、と利之は思った。思いながら、やってしまう。それで、人を斬る破目にもなった。
それ以上言わず、利之は歩きはじめた。おいという声とともに、腕を掴まれた。掘んだ男はそのまま膝を折り、地面にうずくまった。
「慌てるな」
刀の柄に手をかけようとした男に、利之は言った。
「当て身だ。すぐに回復する。抜き合わせると、そういうわけにはいかなくなるぞ」
二人は、怯んだようだった。二人の間を擦り抜けるようにして、利之は歩きはじめた。
走りはしなかった。歩調も変えなかった。
追ってくる気配はない。
江戸から中山道を通ってきたが、どこも飢鰹でひどい状態だった。
利之は、野宿の時は雑子などを獲って食ったが、米がまったく手に入らないというわけではなかった。
いくらか多く銭を出せば、白い飯を食わせてくれる旅籠もあった。早魅による飢鐘がほんとうにひどいのは江戸より北で、西国はいくらかましなのだ、という話も聞いた。
北から南まで、まったく雨が降らなかったというわけではない。
米の収穫ができたところからできないところへ、回していく仕組がないのだ、と誰もが言っている。米商人が買い占め、売り惜しみをするのも、原因のひとつになっていた。
江戸では、天明のころ大きな打ちこわしがあったという。
それ以来、米商人の買い占めなどに対して幕府は厳しく、また施米なども盛んに行われるようになった。
(本文P.5〜7 より引用)
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