エ・アロール それがどうしたの
著者
渡辺淳一/著
出版社
角川書店
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
 
ISBN 4-04-873460-1
 
東京・銀座を舞台に、「年甲斐もなく」生きる人々。より華麗に、よりスキャンダラスに。これまでの日本人の生き方を根底から覆す、衝撃の話題作!
 

2003年10月よりTBS系木曜9時よりドラマ放映!出演:豊川悦司・木村佳乃・吉行和子・草笛光子・津川雅彦・尾形拳ほか東京・銀座の瀟洒で明るい高齢者のための施設「ヴィラ・エ・アロール」。「エ・アロール」とは、フランス語で「それがどうしたの」という意味の言葉である。ここの経営者・来栖貴文は、この施設を「仕事や世間から解放された高齢者たちに、楽しく、気ままに“エ・アロール精神”で暮らしてほしい」という方針から設立した。来栖の理念のもと「ヴィラ・エ・アロール」には自由で闊達な雰囲気があふれ、楽しい語らいや恋愛問題が絶えず生じている―。「老後」に対する日本人の既成概念を打ち破り、これからの新しい生きかたを示唆する、斬新な衝撃作。

話題騒然の「エ・アロール」。
10月9日(木)から毎週木曜日、夜9時よりTBSドラマ初回スタート!!
出演は豊川悦司、木村佳乃、緒方拳、津川雅彦、吉行和子 ほか。



アクシデント

電話のベルが鳴ったとき、来栖貴文はベッドのなかにいた。
まだ午後十時を過ぎたばかりで、寝ていたわけではないが、彼の腕のなかには白いスリップを着ただけの麻子が横たわっていた。
ベルが三度鳴ったところで、来栖は空いていたほうの右手を伸ばして、サイドテーブルにある電話の受話器をとると、仰向けの姿勢のままつぶやいた。
「もしもし……」
いきなり、「先生ですね」という駆け込むような声をきいて、介護主任の小野洋子だとわかった。
「大変です……」
年齢に似合わず主任の声はきんきんしているが、それが今夜はことさらに高く響く。
「堀内さんが倒れて、七〇一号室の……」
瞬間、来栖は、小肥りな堀内大蔵氏の顔を思い出した。たしかハ十二、三歳のはずだが、会うといつも照れたように、右手を軽く頭に当ててかすかに笑う。
見かけは愛想がいいが、女性のヘルパーたちにときどき怪しからぬことをするというので、
ミーティングで話題になったことがある。
「心臓麻輝かもしれません」
「意識や呼吸は?」
「ありません」
「よし、いますぐ行く」
来栖が起きようとすると、小野主任が急に声をひそめて、
「先生、あの娘がしらせてきたんです」
「あの娘〜」
「出張サービスで来ていた、先生が許可した……」
最後の言葉に、洋子の非難する気配が潜んでいる。
「部屋で一緒にいると、突然死んだといって。真青になって駆け込んできたのです」
どんな女性かわからないが、半年前から、来栖は当人の希望を入れて、ヘルス嬢が部屋に入るのを許していた。
「その娘は、まだいるのか?」
「帰りたいというのですが、警察にでも知れたら面倒なことになるかと思って。一応、待ってもらっています」
「わかった」
来栖は受話器を置くと、麻子の額に軽く接吻をして立上がった。
「出かけるのですね」
来栖が起き上がると麻子も起きてきた。少し前、ベッドに入ったばかりだが、来栖が急いでシャツを着るのを見て、自分も服を着はじめる。
「いや、君はそのまま休んでいたらいい」
来栖は、麻子のスリップ姿が好きだった。三十二歳の均整のとれた体に、白いスリップは清楚に見えて艶めかしい。
「でも、亡くなったのでしょう」
麻子は、いまの電話をきいていたようである。スタンドの淡い明かりのなかで不安そうに来栖を見上げる。
「大丈夫だ、すぐ戻ってくる」
これまでも、夜、電話で呼び出されて出かけたことは何度かある。医師で、高齢者の施設を経営している以上、夜間の呼び出しは避けられない。
むろん、麻子もそのあたりのことはわかっている。
「車を呼びましょうか」

(本文P.5〜7 より引用)


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