幻日
著者
高橋克彦/著
出版社
小学館
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2003/10
ISBN 4-09-379624-6
 
少年時代の不可思議な体験、学生生活での挫折から作家デビュー前夜までの苦悩を、ときにファンタジックに、ときにホラータッチで回想する。才能がなかなか認められず、幻の日々を送っていた自分を突き放すように描いた。
 

表題作「幻日」は、著者のライフワークとも言える浮世絵研究にまつわる秘話。まだ1冊の本も出せないでいる頃、浮世絵の研究に関しては自信を持っており、それによって身を立てたいと考えていた。生活の糧となるような職業に就くこともなくコツコツと研究を進め、ついにその成果を出版という大きな夢が実現したが、実は親の強力なバックアップによるものだと知り、幻日の中でしか生きられない自分自身の無力さに愕然とする。 その他、少年時代に目撃した衝撃的場面の意味を追う「ざくろ事件」、江戸川乱歩賞受賞の陰にあった妻の献身と犠牲を綴った「ぬるま湯」など、作家・高橋克彦の原点ともいえる珠玉の七作。



うーん、うーんとうなされる声で目覚めた。私のとなりに寝ている弟が発しているものだ。
弟は胸に両手を当てて苦しんでいる。と思う間もなく布団がふわりと脇に飛んだ。
弟の体がずるずるとドアの方に引き摺られはじめた。
足首に縄でもかけられて引かれているような感じだ。
私はドアに目を動かした。ドアの上半分には磨りガラスが嵌められている。
そこに黒い人影が映っている。わずかに開かれたドアの隙間から細い腕が出ていて手招きをしていた。その力で弟の体が運ばれているらしい。
パジャマの背中が捲れ上がっているのに、弟は深く眠っているようでなにも気付いていない。
ぐったりとしている。いや、うなされているのは相変わらずだから金縛りにあっているのだろう。
私の方は恐ろしさで声も上げられない。バーンとドアが開いて弟がするするっと廊下に滑り出て行った。
ドアの開いた暗がりにはだれの姿もない。弟はそのまま廊下に引き摺られて暗がりに消えた。
私は布団から立ち上がった。このままだと弟がどこかに連れ去られてしまう。ドアを抜けて廊下に走る。
真っ直ぐ伸びた廊下の先に、逆様になった弟の両足を担いで、屈みながらのたりのたりと歩いている女の姿が見えた。
弟は目を開けて私に救いを求める。
手をばたばたさせて泣き叫ぶ。
私はそれ以上近付けなかった。
不意に女が振り向いて私を見た。
にたり、と笑ったその女の顔は大好きな叔母だった。
わっ、と声を上げて私は飛び起きた。
ざわざわと寒気が体中を走り抜ける。
たった今の叔母の顔が生々しく思い出される。まるで鬼女だった。
感情のない白い目が恐ろしい。
ベッドの周りにまだ潜んでいるような気がして思わず寝室を見回した。
寒気がいつまでも取れない。
となりのベッドには家内が私に背を向けて眠っている。
もしかして、これも夢の続きで、振り向いた家内の顔が叔母になっていたらどうしよう、と本気で案じた。
ベッドに胡座をかいてしばらく様子を見守った。
そろそろ夜明けが近い。
曇りガラスの窓を開けて外の景色でも眺めれば安心できそうな気もしたが、窓の外に叔母が立っていないとも限らない。
そう想像するだけで鳥肌が立っていく。
〈なぜなんだ?〉
なぜこんな夢を見たのか分からない。
義理の叔母ではあるが、私は叔母のことがずっと好きだった。
叔母も私を実の子供のように可愛がってくれていたはずである。
夢は唐突で意味不明のこともしばしばだが、それにしてもこれは酷い。
夢の怖さが少しずつ薄れてくると、今度は腹が立ってきた。
私のどこかに叔母への恐れのようなものが潜んでいるのだろうか?
いくら考えても思い当たらない。
こんな夢を見て、叔母に対して申し訳ないという気になってくる。
〈あの部屋は一……〉
私が中学二年から三年にかけて預けられていた祖父の家の応接間だ。
孫の私を預かることになって洋間に畳を敷き、私の部屋として与えてくれたのである。
その家の二階に結婚したばかりの叔父夫婦が同届していた。
夢に出てきた弟の年齢もその時代に合致している。
夢の中の弟は坊っちゃん刈りをしていた。
明らかに小学生である。
二つ違いなので、私が中学二年のときは小学六年生。
叔母の顔もあの当時のものに思える。
むろん、だからと言って夢で見たようなことがあったわけではなく、夢の舞台設定が異様にリアルだったということだ。
ドアもあの通りだった。上半分に磨りガラスが嵌められていたなど、すっかり忘れていたが、間違いない。
眠っていた弟の枕元には叔父から貰ったガラス扉付きの本箱も見られた。
完壁にあの部屋が夢の中で復元されたことになる。
〈あの夜のことだろうか〉
夢に過ぎないものをあれこれ思い悩んだとて意味はないが、弟を手掛かりにするとその日がある程度特定されてくる。
私の家は盛岡の祖父の家からだいぶ離れていた。
バスで一時間もかかる田舎だ。だからこそ通学に便利なように祖父のところへ預けられたのである。
実家なので一週間に一度は母が必ず弟を伴って盛岡にやって来た。
けれど弟が盛岡に泊まることはほとんどなかった。
私が記憶している限り、二年間のうちで三度くらいしかない。お盆の灯籠流しのときとキグレサーカスの興行があった日と覚えている。
そしてそのどちらかの夜に。

(本文P.4〜5 より引用)


このページの画像、引用は出版社、または著者のご了解を得ています.

当サイトが引用している著作物に対する著作権は、その製(創)作者・出版社に帰属します。
無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。

Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved.