| イングランド 紀元一三七七年
「生のなかから死はあらわれる」
村の神父から同じ説教を何度きいたことだろう。
しかし「死のなかから生はあらわれる」という言葉もきいたことがある。
まるで謎のような言葉だが、ぼくの生まれも、ぼくの身に起こつたことも、謎につぐ謎だった。
1
母が死んだ翌日、ぼくは神父といつしょに、灰色の布で母の亡骸を包み、村の教会へ運んでいった。
亡骸は大きくはなかった。
生前の母は小柄で弱々しく、死んだらさらに小さくなってしまった。
母の名前はアスタ。
ぼくたちの小屋は村はずれにある。
ぼくは神父といっしょに母の亡骸を担いで、轍のついた細い道を歩いて共同墓地に向かった。
弱まることも強まることもなく降りつづく雨のせいで、
道はひどくぬかるんでいた。
鳥のさえずりも、とむらいの鐘もきこえない。
太陽は低くたれこめる黒々とした雲にすっかり隠れている。
村の畑のそばを通りすぎた。人々は雨にぬれ、泥にまみれて働いている。
亡骸を運ぶぼくたちをみても、だれひとりひざまずかない。
ただにらみつけるだけだ。
生前の母をつまはじきにしていたように、亡骸ともかかわりたくないのだろう。ぼくは恥ずかしかった。恥ずかしい思いをすることはよくある。
身に覚えのない罪を背負っているような気分だ。村人の目には、ぼくはさぞいやしい存在にうつるのだろう。
母には、神父のほかに友だちがひとりもいなかった。
よく村人から罵声を浴びせられていた。
それでもぼくは母を美しいと思っていた。子どもはだれでも母親のことをそう思うものなのかもしれない。
教会の裏にある塀で囲まれた共同墓地に、貧しい人々を葬る区画がある。
母もそこに埋葬されることになった。
水を含んだ粘土質の土を神父とふたりで掘り、墓穴をつくった。
棺はない。
足を東に向けて母の亡骸を横たえた。
そうしておけば、最後の審判の日、よみがえった母がどうか、神様がそれを認めてくださいますように起きあがったとき、まっすぐ聖地エルサレムの方向をみることができる。
神父がラテン語のお祈りを唱える。
ほとんど意味がわからなかったが、ぼくは神父のかたわらにひざまずいた。
神様は、ぼくのものだったたったひとりの人間を、ぼくからお取りあげになった。
しかし神様の思し召しには従わねばならない。
ずっしり重い土で母の亡骸を覆っていく。
それが終わった瞬間、荘園の執事であるジョン・エイクリフが塀の外にやってきた。
こちらからはみえなかったが、馬にまたがったエイクリフはぼくたちのことをずっとみていたにちがいない。
「アスタの息子、こちらに来い」
エイクリフがいった。
ぼくは頭をたれてエイクリフに近づいた。
「顔をあげろ」
エイクリフはそういうと、手袋をはめた手でぼくのあごの下をぴしりと叩き、むりやり顔をあげさせた。
人の顔をみるのは物心ついたときからずっと苦手だった。
ジョン・エイクリフの顔をみるのはいちばん怖い。
黒いあごひげ、鋭い目つき、不機嫌そうにゆがんだ唇。
ぼくをみるエイクリフの顔は、けっしてゆるむことがない。
えらそうにぼくのほうをみるその顔には、いつもあざけるような表情があるだけだ。
近くを通ると、ばかにされたり蹴られたり、ときには殴られたりする。
ジョン・エイクリフはだれにも親切などほどこしたことがない。
領主のファーニヴァル様が不在のときは、荘園の主として好き勝手に人を裁き、農民を思いのままに使う。決まりを守らなかったのがみつかれば、それがどんなに小さなことであってもたとえば仕事を一日休むとか、エイクリフの決めた規則について文句をいうとか、ミサに参列しないとか情け容赦のない罰が与えられる。
鞭で打たれたり、耳をそがれたり、牢屋に入れられたり、手を切りおとされたり。
ビールづくりの息子でジョンという若者は、牡鹿を密猟した罪で、平民用の処刑台に送られた。
エイクリフは判事も陪審も自分でやり、処刑までも自分でおこなう。
エイクリフのひと言で、罪人の命は簡単に消える。
村人はみなエイクリフを恐れている。
エイクリフはじっとぼくをみた。
なにかを探しているようだ。
しかし出てきた言葉はこうだった。
「母親が死んだのなら、明日、おまえのところの雄牛を領主館まで持ってこい。死人税の代わりに受け取ってやる」
「そんな……エイクリフ様」
ぼくはためらった。
しゃべるのが遅いし、正しくしゃべれないからだ。
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