真夜中のマーチ
著者
奥田英朗/著
出版社
集英社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2003/10
ISBN 4-08-774666-6
 
パーティー屋ヨコケン。一流商社マン、ミタゾウ。モデル、クロチェ。ひょんなことから10億円強奪の計画に乗ることになった3人だが…。
 

青年実業家気取りのパーティー屋ヨコケン。むっつりすけべの一流商社マン、ミタゾウ。高飛車で強がりのモデル、クロチェ。ひょんなことから10億円強奪の計画に乗ることになった3人だが……。



第一章

ピアノがチャイムに似たイントロを奏でると、場内の照明が落ち、テーブル上のキャンドルが一斉にその存在をきらきらと浮かび上がらせた。
客席のざわめきが消え、着飾った若い男女たちがステージに目を向ける。
一曲目は「イフ・アイ・ワー・ア・ベル」。
マイルス・デイヴィス・クインテットの演奏そのままのコピーだった。
しかもたどたどしい。
メンバー全員が、アマチュアなのだ。
入り口横の小さなデスクで、横山健司は思わず電卓をたたく手を止め、ホールを見回した。
多少なりともジャズのわかる人間は交じっていないようだ。
満員の客は、みな顔を上気させている。
うしろに来たアキラが、耳元で大声をあげた。
「社長、料理がなくなりかけてます」
鼓膜に響いたので顔をしかめ、にらみつける。
「百六十二人入ってるんですよ。ケータリング・サービスには百人分しか頼んでませんから」
「誰か走らせて、ドン・キホーテでポテトチップスでも買ってこい」
ぞんざいに言い捨て、手提げ金庫から一万円札を一枚取り出し、日焼けした狐といった風情の舎弟に握らせた。
「ついでに店の判子の入った領収書、万引きしてこさせろ」
アキラが細い顎でひょいとうなずき、去っていく。
再び電卓に目を落とした。液品パネルにはぎりぎりで七桁に届いた数字が並んでいる。
男が九千円、女が七千円の参加費で百三十二人から集めた金だ。
残りの三十人はサクラだった。
健司が抱えるタレントの卵たちだ。
いくら「女性はコンパニオン、一流企業OL限定」を謳ったところで、美人が集まる保証はない。
女の質は、出会い系パーティーの生命線だ。
男は、「一流企業、国家公務員限定」で募集したらすぐに定員に達した。
学生時代から、それなりの人脈を築いてきたので、人集めはお手のものだ。
「お持ち帰りしたい放題」という噂をインターネットで流した。
しかも場所は渋谷・円山町のレンタル・スペースだ。
噂は勝手に独り歩きしてくれた。
他の業者より高い価格設定も、信愚性に一役買った。
安ければ繁盛するわけではないので、商売とは不思議なものだ。
バンドの演奏が各自のソロパートに移った。
まるでスイングしていない。
とくにトランペットなど、貧血を起こした象だ。
アキラを呼び寄せる。
「なんだ、あのトランペットは。日野皓正を呼べとは言わねえが、もうちょっとましなのを─」
「しょうがないッスよ。ユニオン、通してないし、交通費込みの一人五千円だし」
金のネックレスを胸元で揺らし、下唇をむいていた。
まあ、いいか。どうせ客は盛りのついた猫どもだ。
約百万円の売り上げのうち、会場のレンタル代で二十万円取られる。
ピアノとドラムと音響機材がオプションで五万円だ。
となれば、あとは飲食代と人件費をいかに削るかだ。
最低でも五十万の純益は上げたいと健司は思っている。
もっとも五十万稼いだところで、満足には程遠い。
パーティーの上がりなど、ちんけな日銭稼ぎでしかない。
「ビバップ」という名の会社を興して五年になる。
二十五歳の健司が大学生のとき、旗揚げしたプロデュース会社だ。
人を集め、上前をはねる。
高校生でこの快感を知るや、学業を放棄して、様々なイベントやパーティーを手がけはじめた。
元々何にでも首を突っ込む性格だったので、あちこちに顔が広く、難なくパーティー券を捌くことができた。

(本文P.3〜5 より引用)


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