秘密のミャンマー
著者
椎名誠/著
出版社
小学館
定価
本体価格 1400円+税
第一刷発行
2003/10
ISBN 4-09-394045-2
 
アウサン・スーチーさんと軍事政権しか報道されないこの国の姿はどうなっているのか。摩訶不思議な風景に著者は驚きの連続だった。
 

最近とみにアジアに関心を持っている著者が、未知の国として選んだのがミャンマーです。この国は、アウンサン・スーチー女史と軍事政権といった政治がらみの報道しかなされていませんが、そこに生きる人々はどうなのだろうか、ということが椎名誠を刺激したのです。取材をして判ったのですが、ミャンマー人は、とても親日的で、信じられないほど敬虔な仏教徒なのです。毎日午前5時に起きて托鉢のお坊さんに喜捨する人々の日常など、この国には驚かされることの連続でした。椎名誠の軽やかな筆致は、この国の姿を面白く細密に描いています。また、同行した山本皓一カメラマンの写真も「不思議な国ミャンマー」を余すことなく写しています。



いざ、ミステリアスの国へ

短躰丸理面白ガイドの登場

ヤソゴンに着いた。予想どおり空港内の明かりが暗いので嬉しくなった。
久々にインドシナ半島のまだあまり観光客の入りこんでいない国の入り口にきたんだなあ、というあやしいヨロコビがある。
初めて入りこむ国というのはいつも最初から面白いからだ。
思っていたとおり入国の手続きは緩慢で面倒で、長い行列は頑強に動かない。
入国審査官が眠ってしまったのかもしれない。
これもじつにアジア的でまあしょうがないのだが、気がつくと 最後に残されたのはおれたち日本人四人組ご一行様だけであった。
カメラや録音機材などをいろいろ持ち、一刻も早く街に出てビールをのみたい!と焦っているのがそのまま全身の態度顔つきにあらわなのがバレてしまったのだ。
軍事政権下の国ではあるが、一体何を調べているのだろう。
そっと覗くと数名の係官が我々のパスポートのあちこちを何度も引っ繰り返しては顔など見合わせてうなづいたり首をヨコに振ったりしている。
うなづくのはいいが首をヨコに振ったりしないでほしい。
我々四人とも、ここに来るまでいろんな国に激しく出入りしている。
そういう旅の履歴が問題になっているのかもしれないなあ。
ヒマな我々は互いに仲間の旅の履歴を脈絡なくののしりあったりした。
そうこうしているうちにようやく四人まとめて通関を許された。
何かまた問題点が見つかり、呼び戻されないうちに走ってそこから離れようと焦るのだが、ヒキツリ目の女がやってきてすぐ向力い側の窓口に連れていって、そこで外国人は強制的に一入二百ドルをミャンマーの免換券に交換しなければならないという。
ひところ中国でやっていた外国人から確実に外貨を巻き上げるシステムである。
まあしかしその免換券ぐらいの額はあとでいろいろ使うことになるだろうからおとなしく交換をすませ、受け取ったおもちゃのようなピン札をニツ折りにしてポケットにねじ込んだ。
次は荷物だ。イミグレーションで一時間近く待たされたのだから我々の荷物はもうとうにそこらに放り投げてあるのだろうと思ったら、それらしきものが見あたらない。
そこそこに安全な国と聞いていたが、これは早くもヤラレタかとまた少し焦っていると、一台しかない古めかしいターンテーブルの周りにわらわら沢山の入々が群がっている。その中に見覚えのある顔があった。
おお、なんてことだ。
我々の乗ってきたバンコクからヤンゴンまでの飛行機の荷物は、着陸 後一時間たってもまだ回転ベルト荷物移動装置から出てぎていないのであった。
わははは。
なんだか嬉しいではないか。イミグレーション通過が乗客の中で一番最後となってしまったから、これでわしらの旅はスタートから早くも後れをとってしまったのだな、という先程までの焦りと哀しみはにわかに遠のき、ここでまたやつらと同一条件のタビビトとなったのだ、という隠微な喜びがやってきた。
わははは。
しかしいたずらに喜んでいる場合ではなかった。
乗客全員一時間も待たされているのである。
何かとんでもない事情で我々TG305便の乗客の荷物がそっくりバンコクに積み残されていた、あるいはヨソの国へ行ってしまった……、なんていうことも考えられる。
どうしたらそんなスゴイことができるのか見当もつかないが、こういう国では何が起きてもおかしくないという予めの判断予測力が我々四人にはある。
組み合わせはいくらか変わってもなにせこれまでずいぶん世界あちこち、ヨレヨレ型のバカ旅を共にしてきた顔ぶれだ。
インド、中国奥地、モンゴル、チリ、シベリア、アリューシャン列島、メキシコ、韓国、日本の北から南まで……。
隊長は長老P・タカハシ、取材記録係・阿部剛、写真撮影・山本皓一、そしてこれからおつきあい願うミャンマー横走り旅の記録人としてこのバカ旅作家の四人である。
出たとこ勝負の旅が多かったのでこれまで我々は行く先々でずいぶん様々なアクシデントに見舞われた。
けれどあとで旅の本を書くときにそういう”事件”がかえって面白い話になるわけだから何がおきてもいいぞという気持ちになっているが、着いたとたんに荷物とニソゲソがすっばり引ぎ離されてしまうということはいままで経験していなかった。
素早くイミグレーションを通過した人はもう一時間もこのターンテーブルの前で待っているのだろうからその苛立ちぶりがつたわってくる。
しかし動かないベルトを眺めていてもしょうがないのであたりのミャンマー人をしばらく眺めることにした。
辱どおり男も女もコシマキ姿である。
上半身はTシャツであったり襟付きシャツだったり、なぜかネクタイを締めていたりと様々だが、足元は大体薄べったいミャンマーサンダルで統一されている。
顔は日本人の骨相に非常に近い。
やや小柄。男も女も表情とまなざしがやさしい。
それにしてもターンテーブルはまるで動く気配がない。
インド系の男が苛ついてターンテーブルを蹴とばしている。
驚いたことにそれと同時にガタゴト動きだしたのだ。
そんなことならもっと早く誰か蹴とばしといてもらいたかった。
のろくてのろくておまけに時々ヤル気をなくして止まったりするのだがしかしどうにかバンコクからの荷物はちゃんと着いたようなので安心した。
ここで我々の荷物が一番先に出てくると間違いなく逆転勝ちとなるところだ。
もう一度わははは、と笑えるのだが、そのへんはさすがに正しい仏教の国でホトケ様はよくお見通しのようだ。
結局我々の荷物は「まあしょうがねえか。そろそろ出してやっか」というお許しのもと最後にコトコト出てきた。

(本文P.6〜9 より引用)


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