あなたが怖い すっぴん魂 5
著者
室井滋/著
出版社
文芸春秋
定価
本体価格 1238円+税
第一刷発行
2003/09
ISBN 4-16-365320-1
 
一見、怖いものなしのムロイだが、周囲にはコワ〜イことがいっぱい。オバケ話に天カス出火事件、銀行強盗まで、身近な怖い話が勢揃い。
 

おなじみ「すっぴん魂」から、とびっきり恐〜い話を厳選!オバケ話に天カス出火事件、銀行強盗まで、身近なコワ〜イ話が勢ぞろい



半分おばけ
都内の某所にある貸しスタジオに、二時間ドラマの撮影で行った。
サスペンスドラマの中の大詰め、手術室のシーンを撮りにである。
大きなマンションの一〜二階部分にあるスタジオ内は、病院さながらの造りになっていて、待ち合い室や診察室、医局などの部屋が並んでいた。
「へえ〜、貸しスタジオで、病院物専門にセッティングされてるんだあ……凄いねえ」
初めて訪れるその場所が珍しくて、私はキョロキョロ中を見回した。
が……、舞台となる手術室に一歩足を踏み入れた瞬間である。
いきなり全身の体毛が逆立つような感触を覚え、頭のテッペンからつま先に向けて、サワ〜ッと冷気が走り抜けて行った。
「クッな何だか変ッ、ここ!」 怖くなって、すぐに踵を返し、その部屋から飛び出たが、寒気はしばらくおさまらない。
これから大切なシーンを撮るというのに、これではいけない……と、思った。
私は落ち着こうと、温かいコーヒーを一杯飲み干し、メイクを直して気合いを入れ直した。
約三十分後、手術室のシーンの撮影がいつものように始まり、私も何ごともなかったかのように自分の芝居に集中し出したわけなのであるが、それでもどうしても気持ち悪さを完全に無視することができないでいた。
段々右肩のあたりがズッシリ重くなり、首筋がコリコリにこり始めた。
すると、そんな撮影の合間に、照明マンのAさんが話しかけてきた。
「ダ・・…ダメッす、俺。もう、すんげえ気持ちが悪くって……。俺の体を丁度縦に半分割った右半分が凍るように寒く、左半分がメチャクチャ熱いんすよ」
震える声のAさんを、私はギョッとなって見つめた。
確かに彼は左側のこめかみの辺りにジワーッと汗をにじませ、グレーのTシャツの左脇の下にも汗ジミをつけているではないか。
「ひ……左側だけ熱いの?右側は寒いのに?」
「そうっす〜。ほらッ」
尋ね返すと、彼がそれに答えて、手には
めた軍手をはずし、私の両腕をつかんできた。
「ゲ〜、こっち熱くって、こっちはヒエヒエだ!」
その右手と左手の体温の違いに、私はのけぞるほど驚き、ギャッと退いた。
「ここって、元々、本物の病院だったって話ですよ。きっと何かの理由があってやめちゃって、そのままの形でスタジオにしちやったんだろうけど……、怖いっすよね」
Aさんは声を潜めて私にそう言うと、自分で立てた照明スタンドの前に、凍りつく自分の右手をかざし、暖めるのだった。
(本文P.7〜9 より引用)


このページの画像、引用は出版社、または著者のご了解を得ています.

当サイトが引用している著作物に対する著作権は、その製(創)作者・出版社に帰属します。
無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。

Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved.