ローマ法王のお膝元で、20代のイタリア人女性が、若き釈迦の波瀾の日々を描きブームを巻き起こしたベストセラーがついに日本上陸!物語の面白さを凝縮した、華麗なるオリエンタルファンタジー。
王子シッダールター 1 ─ 王宮からの旅立ち
のちにブッダ、つまり目覚めた者、と呼ばれるようになったシッダールタ王子。 彼についての物語は、私たちのこの時代にたどりつくまでの間に、無数の伝説や異伝によって巨大に膨れあがってしまった。 この小説は、二千五百年前の、いわば“おとぎ話”のようなインドを舞台にしている。したが って、作中のエピソードや登場人物は、現実とファンタジーを混ぜ合わせたものであることを、まずおことわりしておきたい。 当時のインドは、ギリシア文明が華ひらいていた同じ時期の地中海沿岸に住む人々にとって、まったく未知の場所だった。 インド洋に囲まれた、密林と荒れ地だらけの広大な半島。 ヒマラヤ山脈の峨々たる連なりが、アジアのほかの地域との交流をはばむ。が、ヒマラヤはまた、聖なるガンジス河の源でもあった。 この物語でとりあげる時代、ガンジス河によって運ばれた土が生みだした広い沃野は、インドでもっとも人口が多く費かな土地だった。 ここを長らく支配していたのは、白い肌を持ったアーリア人のクシャトリア階級で、彼らは肌の黒い先住民を侵略してこの地を得たのである。 政治と軍事を担当するこのクシャトリア階級は、宗教的秘儀と呪術を守る強力なバラモン階級と、親密に結びついていた。 バラモンの人々がおもに信仰していたのは、火の神アグニ、そしてかみなりと嵐の神インドラだった。 貧しい牛飼いや農民が住む町と、深い森が交互にあらわれる大地を、キャラバンの通い道が貫いていた。 森は、未開の部族や残忍な盗賊たちのすみかになっていて、さらにはよき精霊と魔物が出没する場所でもあった。 吟遊詩人たちは、王宮で、町の広場で、王や英雄たちの武勲、戦車や象が入り乱れる戦いについて歌った。 なかでも、はるか遠くの国々での冒険を主題にした詩は、やがてマハーバーラタとラーマーヤナという偉大な詩篇へと成長していった。 当時のインドでは、人口が集中する都市を中心として王国が成立する、いわゆる都市国家が主流をなしていた。 そうした数々の王国のうちで、大きな勢力を誇っていたのが、コーサラ国とマガダ国だった。 この二国のみならず、割拠する領主たちの豪華な宮殿のまわりには、がっしりした城壁に囲まれた繁華な町ができた。 ものものしくどっしりした町の正門は、みごとな彫刻とたくさんの旗で飾りたてられていた。そして、そこをものすごい頭数の象をひきつれた王侯の輿や、裕福な商人たちが通っていく。 ヒマラヤのふもとに位置するそうした場所のひとつで、紀元前五五六年の四月(訳註・シャカの生年には諸説あり、日本では紀元前四六一二年などの説が有力)、シッダールタは生まれた。彼はすでに、いくどとなく輪廻を経、人間としての、そして動物としての生をたっぷり体験したのちに、この地に生を得たのだ。 彼の父親は、シャカ(釈迦)族の支配者である、シュッドーダナ王。 クシャトリア階級の出身で、その名は「強き者たち」という意味である。 強国コーサラに貢ぎ物をしていたおかげで、シャカ族の貴族たちによる自治はしっかり守られていた。 ヒマラヤからガンジス河に流れくだる水を利用した水路が縦横に走る、広大な平野のはしに、この国の首都カピラヴァストゥはあった。 そして、不思議な生まれ方をしたこのシャカ族の王子は、シッダールタと命名された。 「目的を成就する」というのが、その意味だった。
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