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はじめに
『人はみんな平和を求めているはずなのに、なぜ地球上から戦争がなくならないのですか?』
こんな質間を大学生からされて、思わず絶句したことがあります。
あまりに素朴な、しかし、それだけに根本的な疑間だったからです。
確かに、誰でも平和を望んでいるはずです。
でも、『奴隷の平和なら戦争のほうがマシだ」
と考える人もいるのです。
そうなると、いったい『平和」とは、何でしょうか。
「戦争がない状態」が平和なのでしょうか。
「どうして人は、そして国家は戦争をするのだろう」
その素朴な疑間に少しでも答えられれば、と思いながら、私はこの本を書いてきました。
人には、命をかけても守りたいものがあります。
そのために戦う人もいれば、そのためにも平和を必死に求める人もいるのです。
9・11に愛する人を失った人も、アフガニスタンの内戦で肉親を失つた人も、イラクの国民も…。
そんなことを考えてきました。
人は、なぜ戦うのか。
読者のあなたが、その答えを探す一助になるような本になったのではないかとも思っています。
北朝鮮をめぐっては、日本から北朝鮮に「帰っていった」という人々のことがニュースになります。
「なんで北朝鮮に帰っていった人たちがいるんですか?」という質間を受けると、「祖国のため」と信じて帰っていった人と、その人々を送り出した当時の時代の雰囲気を、像するのがいかにむずかしいことかと痛感させられます。
歴史を理解するには、想像力が必要とされるのです。
現代から想この本では、北朝鮮で金日成が権力を掌握する歴史も取り上げました。
同志を次々に粛清して権力を掌握していく様子は、ソ連のスターリンを彷佛とさせます。
そしてまた、北朝鮮の食粗難と飢餓の大発生は、中国の毛沢束指導下での「大踵進」政策の結果の大飢餓を想起させます。
ビルマの軍事独裁政権の政権維持の手法は、北朝鮮やイラクと共通したものがあります。
歴史は、それぞれの国の実情に応じながらも繰り返すものだということを改めて知らされます。歴史に学ばないと、まったく同じ惨禍を引き起こすのだということも。
アメリカに対する同時多発テロ、アフガニスタン内戦、イラク対アメリカ。
これらを東西冷戦と冷戦の崩壊、そして湾岸戦争という歴史の流れに位置づけると、現代史の全体像をつかむことができます。
現代史は、そのちょっと前にさかのぼれば、よく理解できるのです。
その手法で書いた前作の『そうだったのか!現代史』は、思いがけず多くの人の支持を得ることができました。
『続きを書いてください」という読者の声に励まされて、この本が世に出ることになりました。
この本単独でも理解できるようになっていますが、前作と合わせてお読みいただくと、さらに理解が深まると思います。
この本も前作同様、長澤潔、木葉篤の両名との共同作業となりました。
二〇〇三年三月
池上彰
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