幻の島を求めて 終わりなき旅路 エーゲ海編
著者
ロバート・ハリス/著
出版社
東京書籍
定価
本体価格 1400円+税
第一刷発行
2003/04
ISBN 4-487-79839-6
「書き下ろし」紀行エッセイシリーズ第1弾、エーゲ海編。作家を志した原点を求めて、長年想い描いてきた幻の島を探す。写真多数。

永遠の放浪者たちにおくる紀行フォトエッセイシリーズ第1弾、エーゲ海編。
作家を志した原点、書き続ける意志、そして自由で自分らしくあるためのアイデンティティ、それらを求めて永遠の放浪者ロバート・ハリスが再び旅を始めた。はじめに選んだ先はエーゲ海。幼い頃から想い描いてきた理想の島を探しに、写真家とともに旅立った。まだ見ぬ異郷の美しい空と海、道々に出会う人々との交流、そして蘇る記憶、ロマン……すべてを美しい写真とともに書き綴る。シリーズ第2弾モロッコ編も企画進行中。終わりなき旅路は続く。


著者紹介 ロバート・ハリス

高校時代から国内をヒッチハイクでまわる。卒業後に北欧からインドまで半年間の旅をする。上智大学在学中より2年間、英語教師に従事。卒業後、1971年に日本を後にし、東南アジアを放浪。バリ島に1年間滞在後、オーストラリアに渡り延べ16年間滞在。シドニーで書店&画廊「エグザイルス・ブックショップ」を経営。詩の朗読会、演劇、コンサートなどを主催し、文化人の溜まり場となり話題に。オーストラリア国営テレビ局で日本映画の英語字幕を担当後、テレビ映画製作参加。香港で映画製作に携わり、帰国。1992年よりJ-waveナビゲーターに。旅、音楽、映画、文学など幅広い話題でファンを獲得し、自ら体験した数々のエピソードは若者中心に共感を呼ぶ。主な著作に『エグザイルス』、『エグザイルス・ギャング』、『地図の無い国から』がある。

フロローグ 終わりなき旅

エーゲ海には特別な思い入れがある。
ぼくはその昔、大学を卒業して間もなく、工ーゲ海の島を目指して放浪の旅に出た。
はっきりしたプランはなかったが、まずは東南アジアを回り、そこからゆっくり時間をかけてインド、アフガニスタン、イラン、トルコと旅して歩き、ヨーロッパヘと渡るつもりでいた。
そしてヨーロッパでは工一ゲ海を船で巡り、気に入った島を見つけたら、そこに腰を落ち着けて文筆に励もうと思っていた。
当時のぽくの一番の夢は、作家になることだった。
別にそれまで大したものを書いてきたわけではないし、実際自分に文才があるのかどうかもわからなかったが、とにかく、自分の進むべき道は作家しかないと思っていた。
大好きなヘミングウェイやポール・ボウルズやヘンリー・ミラーのように、ぽくも世界を旅し、紀行文や自伝や異国を舞台にした小説を書いていくんだと真剣に思っていたのだ。
書く場所をエーゲ海の島と決めていたのには、別に深い理由はない。
確かにぼくは幼い頃からギリシャ神話が大好きで、高校や大学に入っても、ホメロスやアイスキュロス、ヘロドトスやソフォクレスといった作家たちを愛読していた。
古代ギリシャのワイルドで快楽的で、自由奔放なスピリットと、嬉々としたバイタリティーに強く魅かれたのだ。
また、ぽくは高校を卒業してすぐ、旧ソビエトからヨーロッパ、中東と渡り歩き、インドまで行ったのだが、その道中、ギリシャ本土をテッサロニキからトルコの国境まで旅し、とても楽しい思いをした。
酒と音楽とおしゃべりが大好きなカフェニオンのおっさんたちには好感を持ったし、タベルナで食べたスパイスの効いたムサカも、羊肉のスブラキも、トマトやナスの肉詰めも、イカや魚の炭火焼きも美味しかった。
そして、ギリシャ特有の淡色の空も、緑の少ない土と石ころだらけの大地も、オリーブやワイン畑に囲まれた白塗りの家々も、肌にじりじりと照りつける太陽も、オデュッセゥスが愛した葡萄色の海も、ぽくにはどこか、とても懐かしく感じられた。
まるで遠い昔に何回も見た楽しい夢の巾を旅しているような甘いノスタルジーを感じたのだ。
そんな感じで確かにギリシャに魅かれてはいたが、そこで小説を書こうと決めたのは、ただの思いつきだ。
何となく、小説を書くならギリシャの島がいい、と思ったのだ。
エーゲ海を見下ろす白塗りのシンプルな家で、Tシャツに短パンの格好で文筆に励む自分の姿が脳裏に浮かび、これだ、と忠ったのだ。
でも、残念ながらこの夢は叶わなかった。
神戸から東ドイッの貨物船に乗ってシンガポールまで行ったのだが、ぽくには、とてもそこからインドや中東を旅する元気はなかった。
東京でのハードなライフスタイルがたたったのか、ドラッグのやりすぎがいけなかったのか、はっきりとしたことはわからないが、ぽくは東京を出る前から精神的に落ち込み、情緒不安定な状態にいた。
何を見ても、何をやっても楽しくないし、どこへ行っても不安と自己嫌悪につきまとわれた。
そしてそのうち、自分がなぜ旅をしているのかもわからなくなった。
そんなある日、街角で会ったヒッピーに連れられて阿片窟へ行ったのだが、そこで彼からバリ島の話を聞き、思い切ってそっちへ足を向けることにした。しばらくの間、ギリシャ行きも、文筆活動も延期して、ヒッピーの楽園といわれているバリ島で静養しようと思ったのだ。
静養は思ったより長いものとなった。
ぽくはバリ島のウブゥドで一年暮らしたあと、ジャワの山間にある仏教寺院でしばらく過ごしてからオーストラリアヘ渡り、シドニーで暮らすようになったのだが、ノイローゼから完全に立ち直るまでには五年もかかった。
また、元気になってからも、長い間何も書く気分になれなかった。
なぜか、書くのが恐かったのだ。
当分の間、内面世界をほじくり回したくないという思いが強かったのかもしれないし、もし書くことにチャレンジして失敗したら、自分を今まで支えてきたものが崩れ去ってしまうと思ったのかもしれない。

(本文P. 5〜7より引用)


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