「子どもが生きる」ということ こころが壊れる空間・育つ空間
著者
藤原智美/著
出版社
講談社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2003/05
ISBN 4-06-211837-8
 
とり残された空間・学校建築にメス! 子どもが「子どもをする」ところとは? 人生の目的は子ども時代にある
 

「子どもらしい子ども」と「子どもでない子ども」とは。学校、ディズニーランド、コンビニ、子ども部屋、電子ネット等の「子ども空間」を通して思索。

芥川賞作家が『「家をつくる」ということ』 『家族を「する」家』につづく問題作、書き下ろし!!



はじめに

家族が家族で「あることができる」時間はひどく短い先日、一通のお手紙をもらった。
それはとても心にのこる、そして、考えさせられる内容のものだった。
主婦の存在って何だろうと考えるからです。
食事を用意しても食べる人がいないという現実があることを、私は結婚してから知りました。
そう、この人がいうように、まぎれもなくいま、「食」が家庭から流出している。
家族全員で食卓をかこむということは「まれ」なイベントになりつつある。
子どもが幼児期のころを除けば、住人が家にいる時間というのは、本当に短いのです。
まさにそのとおりである。
念願のマイホームを手に入れる。
そのとき人は、住まいが終の棲家として、ほとんど永遠に存在しつづけるかのような思いを無意識にもつ。
けれどそれは幻想なのだ。家制度が解体され、核家族の時代になったとき、家族という存在はいずれちりぢりになることを運命づけられている。
マイホームで家族が「家族である時間」は、じつは残酷なほど短い。
お手紙の主は、下町育ちだ。
─実家では、家にいるだけで、せねばならぬことがありました。
朝の神棚の清めから始まって、家の前の清掃、日除けの出し入れ、打ち水など。
ところが自分の家では何の役割も見えてこないのです。
生活するというより、住んでいるだけの家、夜だけしか住人が揃わなくて、そのときは皆疲れてる。
家族って何だろう。
そんなことをずっと考えながらきました。
私の父はバブルのころ、下町の商店街の店をたたみ、まだ田畑の残る近郊に引っ越しました。
が、しばらくして亡くなりました。
そんなに辛くさせたものは何だったのだろうと、また「家」について考えました。
ぼくはこれまで、住まいという空間を通して、そこで営まれる人間関係“家族について調べ、そして考えてきた。
多くの人に会い、話をきき、住まいを見てきた。
そこでみえてきたのは、けっきょく家族という存在の優さだった。
家族とは優いのである。
だからこそ、その短く優い「家族の時間」は、凝縮した、濃密な、なにものにも代えがたいものでありたい、あってほしいとおもう。


子どもたちが家族を解体する

ところが最近になって、またこれまでとは異なった家族の現実をぼくは感じることになった。
それは住まいのなかに人がいても、家族がいないという奇妙な状況の出現である。
家族として喜びや悲しみを共有するという一体感はもとより、倦怠や嫌悪さえも喪失した、空白としての住まい、空虚そのものという家族像が出現しつつある。
そうした喪失感、空虚感の源であり、出発点になっているのが、じつは現代の「子どもたち」ではないか。
もしかすると、いま家族は子どもたちによって解体されつつあるのかもしれない。
そうした予感めいたものから、ぼくは子どもたちに焦点をあてて、あらたに家族を考えはじめた。
人々の行動や思考、あるいは存在のありかたはこの五年で、大きく変わっている。
それを加速させているのがケイタイやパソコンといった「電子ネット」を使ったコミュニケーションである。
この新しいコミュニケーション手段によって、家庭では「親子」、学校では「子ども同士」あるいは「教師と生徒」、社会では「子どもと大入」といった関係が土台からゆらいでいる。
子どもたちは時代の変化とゆらぎをまっさきに受けとり、その混乱をすぐさま体現する。
いまや子どもたちにとって、住まい、子ども部屋は存在基盤のごく一部
分にすぎなくなっている。
こうした変化のなかで、子どもたちの姿が深い霧のむこうにかすんで見えてこないのだ。

いま起こっていることは人類未経験の事態

人間という存在は、もともと不可解なものである。
その存在を解明しようとして、文明は哲学を発明した。
さらに近代では文学が登場し、心理学、精神分析学といった心を解読する学問を発達させてきた。いまでは脳内の神経をめまぐるしく流れる物質を特定する、あるいは遺伝子を解きあかすことで、人間を裸にできるかのような気分が満ちている。
けれど、ぼくはいま子どもたち、そして若い世代に起こっている「人間」そのものの変化は、それらの方法ではとらえきれないのではないか、とおもっている。
いま人と人とのコミュニケーションにおいて起こっているこの事態はとても新しく、いまだ人類が経験したことのない性質のものなのだ。

(本文P.1〜4 より引用)


このページの画像、引用は出版社、または著者のご了解を得ています.

当サイトが引用している著作物に対する著作権は、その製(創)作者・出版社に帰属します。
無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。

Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved.