コンタクト・ゾーン
著者
篠田節子/著
出版社
毎日新聞社
定価
本体価格 1900円+税
第一刷発行
2003/04
ISBN 4-620-10669-0
篠田ワールド、ついに新境地に突入!南の楽園が襲撃され、邦人女性3人が消息不明に・・・。暗転した休日。戦場と化した島に出口はない。“生きろ。何があっても”−−いま、女たちの戦いがはじまった。

新境地に突入した篠田ワールド。待望の最新長編1300枚!

南国の美しいリゾート等で内戦が勃発。戦場の島に閉じ込められた日本人OLたち。その壮絶なサバイバル!『弥勒』を超えるスケール、『女たちのジハード』のエッセンスも濃厚、かってないタイプの冒険小説が誕生した!

第一章 炎

やけつくような陽光の下、青緑色にきらめく珊瑚礁の海に、艶やかな緑の島々がばらまかれている。
雨期に入ったとはいえ、空には一点の雲もない。
託りの強い英語のアナウンスが、到着地の天気は晴れ、気温は三十四度であることを伝えた。
つい四十分ほど前に、テオマバルの首都、サプルを飛び立ったプロペラ機はゆっくり高度を下げていく。
彼方にバヤン島の平たい島影が見えてきた。
工藤翔太は、視線を窓の外から、背後の座席に移す首都サプルのシラプガン国際空港で工藤が迎えた客は、三人だった。
真冬の東京からやってきたOL風の女たちだ。
ツアーガイドをポーターと間違えているのか、いきなりルイ・ヴィトンの大型ボストンバッグを工藤の前に突き出したのは、やけにネイティブな英語を話す女だった。
黒髪を肩先と額の少し上でまっすぐに切り揃えた髪型は、バブルの時代に流行ったワンレンに似ているが、そこにはセクシーさのかけらもない。
無造作を装った手入れの良さをことさら誇示するかのように、艶々しい髪をまっすぐに垂らしている。
白人の男の目を明らかに意識した髪型、と工藤には見える。
そのとなりにいるのは、長身を、シルバーグレーのパンツスーツに身を包んだ女だ。
「閣議決定を待ってから、法案提出の準備じゃない。まったくぎりぎりまで仕事して、霞が関から成田へ直行よ」と声高に話しながら、トランジットの問中、いらいらした様子で歩き回っていた。
こんなところに来てまで自分のキャリアをひけらかしたいのか、と工藤は冷ややかに、その様をみつめていた。
そしてその二人の背後にいる女は、一応はまともそうに見えた。
南の島では一際目立つ、きめ細かく、透き通るような臼い肌と雛人形を思わせる整った顔立ち。
しかし繊細な顔立ちに引き換え、首から下は、驚くほど量感がある。
突き出したバストはちょっとした西瓜ほどで、背後から見た尻のあたりは一抱えもありそうだ。
自分自身の貧弱な体に抱き続けた劣等感の裏返しのように、白ブタ女、と工藤はつぶやいていた。
東京の旅行代理店から送られてきたリストによれば、三人の年齢はいずれも三十代後半で、工藤よりも四つ、五つ歳上だった。
女三人で南の島にやってくるところからすれば独身だろう。
歳がいってるだけに給料も高いのだろう。
着ているものはいかにも高そうだ。
ガイドブック片手に、三人の女はバヤン島のダウンタウンにあるブランドショップの話で盛り上がっていた。
どんな旅になるのか、現地に着く前から想像がつく。
そもそもこんなOL三人組の面倒を見るつもりなど、工藤には毛頭なかった。
以前は、「みどりの旅」という秘境観光とエコツーリズム専門の旅行会社で添乗員をしていた。
ミャンマー奥地や中国東北部、マレーシアのジャングルなどに客を案内し、苦労は多くてもそれなりに充実した仕事をしていた。
その前はマニラのスラムにボランティアとして入って、子供たちに計算や文字を教えていた。
「みどりの旅」が計画倒産し社長が行方をくらましたのは、つい半年前のことだった。
遅配されていた給料四ヵ月分を踏み倒されて食い詰めていたところに、友人から大手旅行代理店の現地係員の口を紹介されたのだ。
マニラに住んで日本から来る客を迎え、セブ島やエル・ニドヘの乗り継ぎ便に乗せる。
あるいはマニラの半日観光に案内する。客の起こしたトラブルを処理する。それが工藤の仕事だった。
給料は安いが、物価水準も安いフィリピンでは、とりあえず生きていくのに困ることはなかった。そんな
ところに一昨日、東京からファクシミリが入った。
マ三フからテオマバルの首都サプルに飛び、そこで東京から来る客三人を拾い、バヤン島に同行して島内を案内するように、という。
三ヵ月ほど前から、テオマバルでは経済危機に端を発した政治危機が深刻化していた。
治安もかなり悪化し、すでに多くの企業が倒産し、失業者が町にあふれ、特別税の導入や物価高騰、公共料金の値上げなどに抗議し、シラプガン大統領の辞任を求めるデモや集会が頻繁に行われている。
ここ一週間ほどは、首都を中心に暴動まで起きていた。
しかし八十年代までこの国の並はずれた豊かさを保証していた石油が枯渇した後、唯一の産業にして国民の命綱となった「観光」に配慮したのか、外務省の発表したバヤン島の危険度はーで、単なる注意喚起にとどまり、渡航延期はもちろん観光旅行延期勧告も出されていなかった。
それでも国際ニュースに耳を傾けていた大半の客は、いったん申し込んだ旅行をキャンセルしてきた。しかしCNNやBBCなどの衛星放送で流される首都サプル市内の暴動や政府軍と学生の睨み合いの様子なども
のともせず、キャンセル料金とすでに申請した休暇を惜しむように、予定通りにやってくる客もいる。
そんな中でテオマバル駐在の日本人ガイドは、サプルの自宅マンション近くで起きた学生と政府軍の衝突で、兵士がデモ隊に向かい催涙弾を水平打ちする様を目にしたとたん、国外に逃げ出してしまった。
三日前のことだ。
そこで急蓬、工藤がマニラから呼び出されたのだった。
しかも普段ならサプルで迎えた客がバヤン島行きの国内線に乗り換える手伝いをすれば済むところが、今回は不測の事態に備えバヤンリゾートまで同行し、万一のときには速やかに観光客の帰国手続きを取るように、という指示が出された。
催涙弾が飛ぶ程度の暴動なら、以前いた「みどりの旅」で、ミャンマーやネパールを始め、あちらこちらで出くわしたから格別不安はなかった。
スリランカに行ったときには、実弾が飛ぶのさえ見たことがある。
しかしそうした「みどりの旅」とは客層が異なるということまで、工藤は考えに入れていなかった。
この日の午前中、国際線到着ロビーで待っている工藤の前に、この三人組が現れたときから、何か嫌な予感がしていた。
歳はいっているが、基本的に頭の軽い連中という印象があった。
トラブルの匂いが彼女たちの身辺から立ち上っていた。
ワンレン黒髪女の達者な英語は六本木あたりにたむろする外人とでも遊んで身につけたものだろう。
キャリアウーマン気取りの長身の女は、ただのお局庶務担当、もう一人も似たようなものだろう。

本文P.5〜7より引用


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