骨音 池袋ウエストゲートパーク 3
著者

石田衣良/著

出版社
文芸春秋
定価
本体価格 1619円+税
第一刷発行
2002/10
ISBN4-16-321350-3
時代の「速度は」は池袋で読め! 伝説のドラマ化 話題作 第3弾!

若者を熱狂させる音楽に混入する不気味な音の正体は──。人気バンドマンの“音”への偏執を描く表題作他三編を収録するシリーズ三弾

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 この本は、TVドラマでも大ヒットした人気シリーズの第三弾。若者から圧倒的支持を受ける狂気のバンドマン、地域通貨に夢を託す若者たち、そして孤独な風俗嬢などが各篇に登場、主人公マコトとその仲間たちが池袋の街を走り抜け、先端風俗がリズミカルな文体で描かれます。
 1、2作に続き、今回も二百枚の書き下ろしを一篇加えています。『波のうえの魔術師』もTVドラマ化の波に乗って増刷に次ぐ増刷を重ね、石田さんは今もっとも旬で注目を浴びる作家の一人。大ブレークの足音がもうそこまで来ています。(HY)
(文芸春秋HPより引用)

この世でいちばん速い音がなんだかわかるだろうか?
夏の終りの遠い稲妻の響きでも、駆け抜ける違法改造車のエキゾーストでも、嵐の空を吹き流される小鳥の歌でもない。
そんなものよりもっともっと速い音だ。
わかるはずがないだって?
おれだってそんなこと、あの音にぶつかるまで考えてもみなかった。
水のなかで爆発をきくような、くぐもっているくせに異常に鮮明でかん高い音。
なんのまえぶれもなくでたらめなスピードで立ちあがり、聴覚神経を根こそぎ揺さぶって全身を別世界にもっていってしまう音だ。
おれはそいつを池袋のライヴハウスで初めてきいた。
速度という特性がそのまま結晶化し、フロアを埋めるガキに音より速い弾丸となって突き刺さる。
撃たれたガキはみな口をおおきく開け、よだれをたらしそうな顔で叫んでいた。
最高!
やつらはみんなバカで間抜けで、市場社会の負け組らしいが、感覚だけはやたら鋭い。
カッコいいものとそうでないものを、カラスがゴミの集積場で餌をよるように嗅ぎ分ける。
その音はちよっと不気味だが、それまでにきいたことのない断然カッコいい音だった。
誰がどんなふうにつくったのか、その場にいたガキのひとりとして気にしなかっただろう。
だって、あれだけ速けりゃそれで十分じゃん。
吹き荒れる音圧でベルボトムのジーンズをばたばたと旗のようになびかせ、誰かが叫んでいた。
だが、そんな異常な速さなどなにかを犠牲にしなければ、この世界では決して得られるはずがないものなのだ。
おれたちはもう人を壊したいから壊すのではない。
そんな単純な理由で人を壊すには、この世界はあまりに逆転してしまった。
人を壊すのはただのおまけにすぎない。
ほんとうにほしい素敵ななにかを手にいれるためのね。

(本文P.9、10より引用)

 
 


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