ダーク DARK
著者

桐野夏生/著

出版社
講談社
定価
本体価格 2000円+税
第一刷発行
2002/10
ISBN4-06-211580-8
40歳になったら死のうと思っている。 お前に何が起きた。  お前は何をしに来た。

 

120万読者を待たせていた、壮大なるミロの物語
MIRO’s EXPERIENCE 最新作!40歳になったら死のうと思っている。
型に流し込まれたばかりのコンクリートが次第に固まるように、私の決意も日に日に水分や気泡が抜け、硬化していく。死ぬと決めてからの私は、気持ちが楽になった。

 


著者紹介
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■桐野夏生(きりのなつお)
1951年生まれ。93年「顔に降りかかる雨」で第39回江戸川乱歩賞受賞。98年「OUT」で第51回日本推理作家協会賞受賞。99年「柔らかな頬」で第121回直木賞受賞。
他の著書に「天使に見捨てられた夜」「ファイアボール・ブルース」「水の眠り 灰の夢」「錆びる心」「ジオラマ」「ローズガーデン」「光源」「玉蘭」がある。

 

第一章

「四十歳になったら死のうと思っている」

四十歳になったら死のうと思っている。現在三十八歳と二ヵ月だから、あと二年足らずだ。
型に流し込まれたばかりのコンクリートが次第に固まるように、私の決意も日に日に水分や気泡が抜け、硬化していく。
死ぬと決めてからの私は、気持ちが楽になった。以前よりも明るく、そし
て勤い。
何につけても前向きになった。
しかし、私には人生を楽しく生きるための目的などどこにもない。
必要ともしていない。
六年前の夏、私は幼馴染みだった宇野正子を失い、成瀬時男という男を刑務所に送った。
成瀬に刑罰を与えたことへの後悔はない。
成瀬が正子を殺し、ゴミ同然に海中に投棄したからではない。
成瀬が私を裏切り、嘘を吐いていたこと。
それがどうしても許せなかったのだ。
私には常にゼロか、百しかなかった。
百を得られないのなら、ゼロに。
つまり灰燼に帰すまで。
百なら、私はすべてを擲っても成瀬に協力しようと思った。
成瀬を海外に逃がそう、偽証もしよう、と。
だが、成瀬は私を選ばなかった。
私の行為は、成瀬が一番厭っているものを見抜いた末の、復讐だったのかもしれない。
成瀬がかつて学生運動で服役したことがあり、口には出さずとも拘禁という刑罰を怖れていたのを知っていたのだ。
それほどまで私は成瀬を深く憎み、これまで会った誰よりも愛していた。
成瀬には公判で三度、会った。
いや、会ったという言葉は適切ではない。傍聴席から眺めただけだ。
成瀬はいつも黒いスーツに自いシャツを着て姿勢を正し、傍聴席の方に目をくれようとはしなかった。
成瀬に許されなくてもいい、私も許さないのだから。
しかし、私を見てほしい、と私は成瀬の少し痩せた肩を背後から見つめながらそう思っていた。
成田空港で逮捕された時の成瀬は、静かに私を見返した後、私の視線に堪え切れなくなったかのように目を伏せたものだ。
成瀬の裏切りを許さずにゼロを選択した私を認知したのだ。
私はもう一度、成瀬の目から何かを読み取りたかったのだろう、あの時と同様に。
私という女が成瀬の中にどう刻まれたのか知りたい。
ただ、それだけだった。
懲役十年。判決が下りた時、成瀬は証言台で術いたままだった。
私は量刑の意外な重さに唖然としていた。
単純殺で、方法は絞殺、死体遺棄が共犯の山崎の仕業であること。
情状酌量の余地はないとしても、せいぜい懲役七年程度ではないかと踏んでいたのだ。
私を選ばなかったことへの復讐を自認しながらも、私の中には成瀬の辛苦に同調する痛みがあった。
自分が通報し、この手で刑罰を与えた男が、十年も刑務所に入る。
予想とたった三年の差でしかないのに。
私は打ちのめされ、木製の冷たい椅子の上で身じろぎもしなかった。

(本文P.5,6より引用)

 
 


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