大崎善生/著
■要旨 人は、一度巡り会った人間とは別れることが出来ない――。印象的な言葉を残しながら主人公の元を去っていった人々の姿、人間模様を良質なセンチメンタリズムを内包した繊細な文章で綴った長編恋愛小説。 ■文学賞 2002年 第23回 吉川英治文学新人賞受賞
人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない。 なぜなら人間には記憶という能力があり、そして否が応にも記憶とともに現在を生きているからである。 人問の体のどこかに、ありとあらゆる記憶を沈めておく巨大な湖のような場所があって、その底には失われたはずの無数の過去が沈殿している。 何かを思い立ち何かを始めようとするとき、目が覚めてまだ何も考えられないでいる朝、とうの昔に忘れ去っていたはずの記憶が、湖底から不意にゆらゆらと浮かび上がってくることがある。 それに手を伸ばす。 湖に浮かべられたボートから、手を伸ばす。 しかし、ボートの上から湖の底が見えたとしてもそこに手が届かないように、沈殿している過去を二度とその手に取ることはできない。 どんなに掬っても掬っても、手の中には空しい水の感触が残るだけで、強く握ろうとすればするほど、その水は掌から勢いを増して零れ落ちていく。 しかし、手に取ることはできないかもしれないけれど、記憶はゆらゆらと不確かに、それでいて確実に自分の中に存在し、それから逃れることはできないのだ。 最近、僕がそんなことばかりを考えるようになったのは、おそらくは森本からの電話に原因があるのだと思う。 森本からの電話はこちらの都合など全く関係なく、つまり森本がかけたくなった時間にかかってくる。 午後十一時のときもあれば、午前三時のときもあるし午前七時のこともあった。 僕がまだ会社にいそうな時間帯には、会社にかかってくるのだ。 森本と僕は札幌の高校時代からの友人である。 高校を卒業して、東京の同じ大学に進学した。 森本は大手のカメラメーカーに就職して営業マンになった。 それから二十年、彼は有能な社員として日本全国を転勤して回り、今は神戸にいる。 ところが一昨年の夏、つまり一九九八年の夏頃から森本の様子がおかしくなった。 朝であろうと真夜中であろうと、会社で電話を受けた昼過ぎでさえも、いつも泥酔しているのである。 「なあ、山崎」と森本はたいてい呂律のあやしい興奮した声で言った。 「なぜ、俺がこんなに毎日毎日酒を飲んで、酔い続けていなきゃなんないかわかるか?」 僕も酒は好きだし、ほとんど毎日のように飲んではいるが、しかし森本のように朝から晩まで起きている間中酔い続けていなければならない理由はよくわからなかった。 「それはな、俺はつらいからだ。つらいんだよ。逃げたいんだ、逃げて逃げて、毎日逃げ出したいんだ。俺もお前も四十歳過ぎたよな、それで最近になってやっとわかったことがある。それはな、俺は人間の記憶力というものを甘くみていたということなんだ。わかるか山崎」 こんなとき、僕はたいてい何も言わずにただ森本の話を聞くだけにしていた。 森本は僕の考えを聞きたい訳ではなくて、ただ自分のはまりこんでいる迷路の風景を言葉にして誰かに説明したいだけなのだろうと思ったからだ。 「二十歳の頃は俺もお前も生意気だった。おそらくは世間というものを舐めきっていた。働いたり金を稼いだり地道に生活することをどこかで軽蔑していた。小さな幸せを目指す生き方を否定していた。だから、酒場でサラリーマンや学生をよくバカにしたよな。 それでな、それから二十年たって今になって気がついたことは、そんなふうに粋がって酒場で吐いた言葉がいまだに心のどこかに澱のように沈殿しているってことなんだ。 そのときは、そんな罵倒の言葉を二十年後に覚えているなんて思わなかったさ。 時とともにきれいさっぱり忘れ去っていると思いこんでいた。 だけど、人間の記憶はそうはさせてくれない。 そんな場面の細部にいたるまでを記憶していて、それが今になって自分を苦しめる。 それから逃れるために俺は毎日酒を飲むんだ。二十年前に人を小バカにし、傷つけるために吐いた自分の言葉から逃れるために」
(本文P.7〜9より引用)
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