OUT 下
著者

桐野夏生/〔著〕

出版社
講談社/講談社文庫
定価
本体価格 619円+税
第一刷発行
2002/06
ISBN 4-06-273447-8
仲間の夫の死体をバラバラにしたのか? 映画でも震撼!10月ロードショー


■要旨
主婦ら四人の結束は、友情からだけではなく、負の力によるものだった。その結びつきは容易に解け、バランスを欠いていく。しかし動き出した歯車は止まることなく、ついに第二の死体解体を請け負うはめになる。彼女たちはこの現実にどう折り合いをつけるのか。大きな話題を呼んだクライム・ノベルの金字塔。’98年日本推理作家協会賞受賞。


著者紹介
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1951年生まれ。’93年、『顔に降りかかる雨』で、第39回江戸川乱歩賞を受賞。’97年発表の本作『OUT』は「このミステリーがすごい!」の年間アンケートで国内第1位に選ばれ、翌年同作で日本推理作家協会賞を受賞した。’99年『柔らかな頬』(講談社)で、第121回直木賞を受賞。近著に『ファイアボール・ブルース2』『光源』(ともに文藝春秋)、『玉蘭』(朝日新聞社)、『ローズガーデン』(講談社)などがある。

 

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第五章

報酬

金がない。
財布の中には小銭と数枚の千円札のみ。
家中、どこをどう引っ繰り返しても金はなかった。

邦子はミスターミニッツで貰った力ードサイズのカレンダーをさっきからずっと眺めている。
何度見ても同じだった。
十文字のところの支払日が迫ってきていた。
あの日、「ミリオン消費者センター」で、雅子はほかの街金から借りても返させるなどとやよい大口を叩いたくせに、自分の困った状況などもうすっかり忘れているらしい。
弥生だって、今に金を払うと約束しながらまだ一銭も払ってくれてない。二
人ともあんなひどいことを自分に手伝わせ、犯罪者に仕立てておいて、その場しのぎの出まかせだったとはずいぶんでは
ないか。
腹の立った邦子は、テーブルの上に積んであった分厚い女性誌を乱暴に薙払った。
雑誌はさら二ース特集のグラビアページを曝け出しながら、力ーペットの上に音を立てて落ちた。
邦子は足の指でぺージをめくった。夢のようなブランド晶の広告が邦子を消費に誘っている。
シャネル、グッチ、プラダ。
バッグや靴や初秋の服、アクセサリー。
この雑誌も、ゴミ置き場に捨ててあった物を拾ってきたのだった。
ドリンクの染みがあちこちについていたが、そんなことに構ってはいられない。
何しろ無料なのだから。新聞も止めたし、ガソリンがもったいないから、このところ車にも乗っていない。
テレビのワイドショーかドラマを見るぐらいしか楽しみのない邦子には、雑誌が捨ててあることだってありがたい。
哲也の居所はどこに連絡しても教えてくれないし、ハ月は工場をかなりさぼったから収入だって減っているし、貯金はゼロ。
ないないづくしの惨めさに耐えられなくなった邦子は、うおおーっと獣のような声を張り上げた。
地道に昼間の仕事に就こうかと就職情報誌を眺めてもみたが、どの仕事も邦子の借金を払いきれるほどの収入は望めないことがわかった。
収入の多い風俗嬢になってしまえばいいのかもしれないが、それには抜きがたい容貌への引け目が邪魔をしていた。
ならば、あのまま弁当工場にいて、勤務時間の短い夜勤をしていたほうがまだましというものだ。
邦子の内部には、金を持ち、派手な格好をして目立ちたいという強い願望と、人目につかない暗がり蹲っていたいという劣等感とが、コインの裏表のように存在している。
いっそのこと、自己破産宣告でもしてしまおうか。
一瞬、そうも考えたが、そんなことをしたら、一生力ードが使えなくなるかもしれない。
あるだけの金でつましく暮らしていくなんて、それだけはご免だった。
欲望を先延ばしにできない邦子には耐えられない。
どの方策も、弥生から大金が入ることを当て込んでいる今の邦子には、考えるだけでも無駄なことなのだった。
邦子は、思い切って弥生に電話をしてみた。
これまでしたくても、警察がいるのではないかと怖くてできなかったのだが、そんな猶予はもうない。
「もしもし、城ノ内だけど」
「あら」弥生は困った様子だった。
挨拶も何もしないことから、自分の電話を歓迎していないことが窺える。
邦子は頭に来て、いきなり言ってやった。
「こないだ新聞読んだけどさ。あんた助かったみたいだね」
「何のこと」
弥生はとぼけている。
電話からはテレビのアニメ番組のやかましい音と、子供たちの騒いでいる声が聞こえて来る。
父親があんな死に方をしたというのに、いい気なもんだ。
邦子の怒りは罪のない幼児にまで向けられた。
「とぼけちゃってさ。カジノの経営者とかいうおっさんがあんたの代わりにパクられたって書いてあったわよ」

(本文P.7〜9より引用)

 

 
 


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