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 海猫
著者
谷村志穂
出版社
新潮社
定価
税込価格 2100円
第一刷発行
2002/09
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ISBN ISBN4-10-425602-1
 
大河恋愛小説。許されぬ恋に自らを投じた母。残された影を抱いて育つふたつの娘
 

本の要約
『海猫』映画化

北の海辺を舞台に、純愛とは何かを問う、谷村志穂渾身のラブストーリーが映画になります。
“切れっぱしの情熱”などではない、まるで魂に杭を打たれたように結ばれる、男と女の心の軋み。海猫の鳴き声を身の奥深く響かせながら、<禁断の愛>の炎が燃える。
《映画公開》
11月13日より全国東映系にて公開
出演:伊東美咲、仲村トオル、佐藤浩市ほか

義弟との許されぬ愛にすべてをかけた、母。痛みを胸に抱きながらも、恋に目覚めてゆく、ふたりの娘。光を求め、海鳥は凍てつく空をさまよう。風雪に逆らうかのように、ひとは恋という炎にその身を焦がしてゆく。函館、南茅部、札幌、女たちが心の軋むほどに求めた、運命の男は――。谷村志穂の新生を告げる大河長編。

『海猫』の読まれた感想をどうぞ



オススメな本 内容抜粋

海猫が目覚める前に、
私は人を愛したかったのです。

雪より白い花嫁

五稜郭から南茅部に抜けるには、峠を一つ越えねばならない。函館山を背に太平洋に向かってまっすぐに進む道のりは、車で一時間もかからないが、間に挟まれた峠の深さから、函館に住みながら南茅部という土地の名さえ知らぬ者も多かった。
峠の名は川汲という。川汲と書いてカックミと読み、小さな温泉宿を三つほど抱えている。
周囲には、鉄山や採石場があり、港町としての賑わいをのこす函館市内とはずいぶん趣も異なった。
雪深い今は、山々も白く覆われ、北国の冬の色の中にあった。
樹々も、起伏の激しい道も宿も、すべてが白い山の中に収まり、束の間晴れ渡った空から差す眩しい光を浴びながら、今一台のバスが静かに通りすぎて行く。
運転手にとって、白無垢を着た花嫁を乗せた貸切バスを運転するのははじめてのことだった。
ハンドルを握る手にかすかに汗が浮かんだ。彼は函館の男らしく、祝い事のために景気良く下ろしたてのワイシャツを着ている。その上から、制服である紺色のヤッケを着ていたが、シャツの真新しい襟元が気になって仕方がない。
それでつい首に手を当て、ついでにルームミラーで座席をのぞき込んだ。
花嫁は、相変わらずおどおどした表情で窓の外を見たままだ。
せめてよく晴れていてよかったっけ、と運転手は思う。
川汲峠は、吹雪くと大変なことになる。運 転手たちの間では、それが運試しにされるほどだった。道はすぐに閉鎖されてしまい、車は立ち往生するしかない。
「カックミを無事に抜けられたら、今日は馬でも当てようや」
などと話して、バスに乗り込むこともある。大雪だからと滅入っていたりせずに、そんな日こそばん馬競馬にでも賭けるのが、港町の男たちの気風なのだ。
それにしても、今日は風もなく素晴らしい陽気で、すでに積もった雪面がうっすらと溶けはじめている。
太陽の反射が、目に痛いほどだった。
運転手はいつものようにサングラスをしようかとダッシュボードに手をかけ、だがそのグラスが黒なのでやめておこうという気になった。
改めてルームミラーで、座席に腰かけたうつむき加減の花嫁をのぞき見た。
一体、なんて白い花嫁なんだべ、と思う。
白い角隠しに、綿の入った白無垢を着ている。
顔も首も白く塗られているのはもちろんなのだが、塗られているというのが感じられないほどその色は澄んで見えた。
鼻先は小さく尖り、かすかに上を向き、赤く彩られた豊かな口元は少し開かれたままだ。
青色がかった目は窓の外を向いたままで、表情からただ喜びだけを見出すのは、難しかった。
花嫁というのは、普通は自信に満ちて輝いているものだが、この娘に限っては、視線は落ち着かず彷僅っている。
こんなにきれいな花嫁だから、不安なんだべな、と運転手は思った。きれいな花嫁だから不安だ、というのはおかしな話だが、峠を越すことさえ難しい冬の日にバスで昆布漁の村に嫁ぐというのが、いかにも似合わない顔立ちに思えたのだ。
通路を隔て花嫁の隣にいる母親は、恰幅良く、黒の留め袖に羽織り姿だった。

(本文P. 8,9より引用)


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