iモード以前
著者

松永真理

出版社
岩波書店
定価
本体価格 1400円+税
第一刷発行
2002/07/04
ISBN4-00-022009-8
いったいどうして,いつの間に,私は働き者になってしまったのだろう? リクルートの20年を綴るドキュメント.

のほほんとした女子大生が,就職氷河期の最中にようやく入ったリクルート.そこに待ち受けていたのは七転八倒の日々だった.予期せぬ異動,幾多の修羅場,異能の人々との出会い.iモード開発の立て役者が自らの原型を創った20年を綴るドキュメント.

 

著者からのメッセージ(岩波書店HPより引用

この本は,私という「原型」を探る旅でした.
今のことではなく,あえて「前」を見つめることが,未来につながっていくのだと,書かずにはいられない気持ちで,一心に,キーボードに向かう日々が続きました.
そうやって「前」に目を向けていると,忘れていたあの頃の純粋な気持ちが思い出され,自分が一番励まされていることに気づくのです.
書き終えて読み返してみると,結構,大変な目に遭ったんだなあと,あらためて思います.
でも,本人にとっては,大変だったという思いはなく,キラキラした時間の集まりでした.
今回は,私にとって3冊目の本になります.多作ではありませんが,ようやく自分らしい本が書けたという手応えを感じています.
もともと何かに秀でていた訳ではない私が,人との違いや摩擦の中から「私の型」を創るまでの,20年間にわたるこの記録が,暗い話ばかりで押しつぶされそうになる現在,少しでも多くの人に元気を与えるきっかけとなれば,何よりも嬉しく思います.
この本のなかで,どんな言葉やエピソード,または人物が印象的だったか,その感想をぜひお聞かせ下さい.お待ちしています.

松永真理

 

1 氷河期の就職

二〇歳まで、のほほんと生きてきた。
とりたてて得意な科目もない。
スポーツに打ち込んだこともない。
本をむさぼり読んだ記憶もない。
目標を持ったことがないから、挫折もない。
高校受験も大学受験も、意識しないままに過ぎた。
ピアノも習字も絵も英会話も、母が申し込んできたお稽古ごとは、ことごとく空振りに終わった。
たったひとつ、自分からやりたいと思って手にいれたトゥーシューズも、一度しか履かなかった。
つま先で立つ痛さに耐えられない、ただそれだけの理由で。
だがそんな私にも、とうとう目を醒ます時がやってきた。
もしかしてこの世は、理不尽なのではないか。
私は姉たちの就職を目の当たりにして、そのことを思い知らされたのである。
私は三姉妹の末っ子で、上の姉とは四つ違いである。
長姉が就職する時は、大卒女子の就職でも数少ない「売り手市場」の年であった。
もっとも男子学生に比べると厳しく、ラクに就職できたわけではないが、一九七四年の春長姉は人気企業ナンバーワンの航空会社に就職した。
丸の内にある本社に勤務し、海外に行ったことのない母をパリ・ローマに案内したこともある。
航空会社の場合、勤続年数に合わせてポイントがたまると無料の航空チケットがもらえる特典があるのだ。
今でこそ、マイレージの無料チケットを一般人も手にできるようになったが、七〇年代前半に無料で飛行機に乗れるというのは、羨望以外の何ものでもなかった。
それを見ていた次姉は、心に決めた。
「私も航空会社に就職しよう」
次姉は英語の試験に備えて『試験に出る英単語』を持ち歩き、四年ぶりに受験生のような日々を送っていた。
ところが、である。
次姉が第一志望に掲げた航空会社は、採用シーズン直前に「大卒女子の採用中止」を決定した。
長姉の時からわずか二年で、「売り手市場」から「買い手市場」へと一変したのだ。
次姉のショックは、大きかった。
彼女にしても、それまで格別に志をもって生きてきたわけではない。
しかし、歌や踊りの好きな人が宝塚を目指すように、勉強の好きな人が東大や京大を目指すように、海外に行きたくて「航空会社のOLになる」というのが、その時の彼女の一大目標だったのである。
「こんなことって、あると思う〜試験で落とされるのなら、まだ諦めもつくけど、試験を受けることさえできないなんて、こんなことが本当にあってもいいわけ?」
次姉の怒りは、なかなか収まらなかった。
そういえば、長姉が大学を受験する時は、大学紛争で東大の入試がなくなった年だった。
次姉の時は、彼女にとっての「東大」が試験を取りやめた。
姉に限らず、そばで見ていた私にとっても、大学受験と就職試験は同じ線上にあった。
「ぜひ、うちに」と言っていた会社が、なぜ、二年後に「試験は実施しません」と受験生を締め出してしまうのか?
なぜ、そんなに短期間で豹変してしまうのか?

本文P.3〜5より引用

 
 

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