終わりなき 始まり 上
著者

梁 石日

出版社
朝日新聞社
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2002/08/01
ISBN4-02-257763-0
梁 石日の金字塔

1980年、本国で光州事件が勃発した頃、新宿では在日朝鮮人の若者たちが熱く集う。その中にとびきり激しく、そして切ない恋があった……。「アサヒグラフ」「論座」と書き継がれ、大ベストセラー『血と骨』を凌ぐ、感動の自伝的大河小説!

五月の鮮やかな緑の山々に囲まれた郊外の舗装道路を二台のトラックが猛スピードで疾走している。
トラックの荷台では手に手に長い梶棒や鉄パイプを持った数十人の若者たちが喚声をあげて士気を高揚させていた。
中には西部劇のアパッチさながらに銃をかかげて雄叫びをあげている若者もいる。
クラクションを鳴らし蛇行しながら前走車を追い越すと、追い抜かれたトラックは猛然とスピードを上げて抜き返した。
村に入ってきた二台のトラックを村人たちがとり囲んで若者たちを励まし、婦人たちは食べ物や飲み物を提供した。
そして村人の中から何人かの若者が荷台に乗り込むと、トラックは光州の街をめざして走り出した。
荷台に鈴なりになって喚声をあげ興奮している若者たちの後を村の子供たちが追い、老人や女たちが不安な面もちで見送っていた。
光州の中心街の広い道路では戦闘警察と学生や市民たちが五十メートルほどの距離をとって対時している。無
数に散らばっている路上の石ころを学生や市民たちが拾っては投げ、拾っては投げしている。
中には戦闘警察を挑発するように間近にまで迫って投石する若者もいた。
盾を構え横一列になって戦闘警察が迫ってくると、群衆はわーっと喚声をあげて逃げ出す。
その逃げて行く群衆に向かって戦闘警察は数発の催涙弾を撃ち込んだ。
空中で炸裂した催涙弾が白煙となってあたり一面に充満した。戦闘警察とデモ隊の攻防は一進一退をくり返し、騒然としていた。対時しているデモ隊と戦闘警察の間の道路をわれ関せずといった調子で悠然と自転車のペダルを漕いで横断しようとした一人の男が、催涙弾をまともに受けてばったり倒れた。
デモ隊の投げつけた火焔瓶が警察の車やトラックに命中して炎を上げた。
戦闘警察の隊列にも火焔瓶が投げ込まれる。
数万人のデモ隊に包囲された戦闘警察は後退を余儀なくされ、入れ替わって特殊空挺部隊が前面に躍り出てきた。
背中に銃を掛け、手に梶棒を持った迷彩服の特殊空挺部隊の兵士は、群衆の投げつける石を避けようともせず、鍛えた身体を誇示するかのようにゆっくり歩きながら前進してくる。
その姿は不気味だった。
各地から応援に駆けつけたバスやトラックが広い道路を埋めつくし、膨れあがった群衆は街全体に溢れて血の煮えたぎるような坩堝と化していた。
どこから奪ってきたのか、大量の銃と弾が学生や市民に配られていた。
銃と弾を配る者も受け取る者も必死の形相をしている。
そして銃と弾を手にした学生や市民たちは奪ったジープや軍用トラックに乗って果敢に走り出した。
機関銃を構えた装甲車を先頭に特殊空挺部隊の兵士を乗せた数十台のトラックが前進してくる。
二機のジェット戦闘機が威嚇するように低空飛行し、群衆の頭上に爆音を轟かせて飛び去った。
軍用ヘリコプターも舞っている。
軍用ヘリコプターはつい先ほど荷台に若者たちを満載した二台のトラックが通過した同じ郊外の舗装道路に着陸し、中から特殊空挺部隊の精鋭がつぎからつぎへと降りてきた。
すでに道路は軍によって遮断されているのだろう。
ヘリコプターから降りてきた特殊空挺部隊は数手に分かれて、光州の街の包囲網をせばめていった。

 
 

このページの画像、引用は出版社、または著者のご了解を得ています.

当サイトが引用している著作物に対する著作権は、その製(創)作者・出版社に帰属します。
無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。

Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved.