天の瞳 あすなろ編T
著者
灰谷健次郎
出版社
角川書店
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2002/05/31
ISBN4−04-873379-6
あなたが罪にならないために、わたしたちはなにができますか。

乱闘事件で逮捕された生徒に対し「罪にならないためにわたしたちはなにができますか」と、一人の女生徒が先生に問うた。
その言葉に心を動かされた倫太郎たちは一年七組からの手紙として意見をまとめ、廊下に貼り出した。だが、学校側はそれを取り外し頑な態度をとる。
誰かの問題ではなく、自分たちの問題として学校を考えるために、生徒、教師、保護者の三者集会を開こうと、倫太郎、ルイ、青ポン、ミツルたちは動き出す……。
シリーズ第七弾。教育とは、生きることとは何かをみずみずしく問う、感動のライフワーク。

日曜日の朝早く、タケやんから、倫太郎のところへ電話がかかった。
その日は、父親の宗次郎が、東京から戻っていて、めずらしく親子三人そろって、朝食をとっているところだった。
「倫ちゃん。タケミちゃんから電話よ」
受話器をとった芽衣がいった。
「なんや、あいつ。こんなに朝早ウに……」
ぶつぶついいながら、倫太郎は、電話口に出た。
「なんや」
「きのう、イトエにきいたんやけど、ババァの体の調子が、ちょっと悪いみたいやで」
「イトエちゃんは、どういうてんねん?」
イトエちゃんは、タケやんの異母妹である。
毎日が開店休業状態の駄菓子屋を、おふみばあさんと、その息子のシュウちゃんがやっていて、イトエちゃんは、ときどき、その店へ遊びにいっている。
「また、ご飯を食べないって。イトエがしんばいして、どこか悪いの?ってきくと、ちょっと胸が痛いようやけど、じき、治る、というんやそうや」
「こんなとき、シュウちゃんは、なんの役にも立てへんさかいな」
ちょっと腹立ちげに、倫太郎はいった。
「どうする?」
「うん……」
倫太郎は考えた。
「あのデメ金の民生委員のオバハン、なにさらしとんや。ちゃんと、めんどう看ィさらせ」
と倫太郎は口汚い。
「どうする?」
タケやんは、また、いった。
「きょう、『いえでぽうや』で話し合いを持つことになっとるやろ。あれ、十時か」
「そや」
「しゃーない。その前に、ババアのようすを見にいこ」
「よっしゃ。何時?」
「直接、ババアの家へいくことにして、九時で、どうや」
「わかった。ミツルと青ポンは、オレの方から連絡しとこか」
「頼むワ」
「よっしゃ」
浮かぬ顔で戻ってきた倫太郎に、芽衣はたずねた。
「なにかあったの?」
「ババアが、また、めしを食わんのやて」
ぶっきらぽうに倫太郎は答えた。
「また体調が、よくないのかしら」
芽衣も、しんばい顔になった。
「おふみさんも、もう、お年だからねえ。あなた、ようすを見にいく?」
「しゃーないやろ」
「しゃーないで、ものごとをしなさんな」
と芽衣は叱るようにいった。
「ヒョーゲン」
と倫太郎。
「おまえら、ええとこ、あるやたいか。いつまでも友だちを大事にするちゅうのは、や」
宗次郎がいった。
倫太郎は、ちらっと白い目で、宗次郎を見た。
「ところで、きのうの話、どや」
「大人の世界の話や。オレに関係ないって、きのうのうちにいうといたやないか」
じゃまくさそうに倫太郎はいう。
宗次郎が友人と組み、東京で、はじめた出版社の経営が思わしくなかった。
(本文P5〜7より引用)

 

 

   

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